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EP 7

神と魔王の修羅場、そして勘違い

 私が「肉じゃが」の幸福な余韻に浸り、龍魔呂さんにお礼を言って席を立とうとした、その時だった。

 ガラララッ――!!

 静かな店の引き戸が、乱暴に開け放たれた。

 夜風と共に、とてつもない『圧』を持った二人の女性がなだれ込んできた。

「た~つまろぉ~! 今日も仕事疲れた~! 癒やしてぇ~!」

「龍魔呂。私よ。今日こそ返事を聞かせてもらうわ」

 一人は、ヨレヨレのジャージにサンダル履き、手にはコンビニ袋をぶら下げた、妙に生活感のある美女(自称:ルリ子)。

 もう一人は、夜会服のような漆黒のドレスに身を包み、宝石のような瞳をした、冷ややかな絶世の美女。

 どちらも、ただ者ではない。

 海中国家の姫として、ある程度の修羅場は見てきた私だが、この二人から漂うオーラは別格だった。

 本能が警鐘を鳴らす。

 『関わったら死ぬ』と。

 私は気配を消して、ススス……と出口へ向かおうとした。

 しかし。

「……くんくん」

 ジャージの美女が、鼻をヒクつかせた。

 そして、私の目の前に置かれた空の器と、残り香を鋭く検知した。

「……ちょっと、龍魔呂? この匂い、まさか『肉じゃが』?」

 彼女の声のトーンが、急速に低くなる。

 続いて、ドレスの美女も私の空食器を凝視した。

「ほくほくのジャガイモに、飴色の玉ねぎ。……家庭料理の定番。それを、貴方が他人に振る舞ったと言うの?」

 店内の空気が凍りついた。

 龍魔呂さんはカウンターの中で、何食わぬ顔でタバコの灰を落としている。

「ああ。腹を空かせた娘がいたんでな。余り物だ」

「余り物ですって!?」

 ジャージの美女――女神ルチアナ(人間擬態中)が、バン!とカウンターを叩いた。

「私には! いつも! 『酒は自分で持ってこい』『ツマミは乾き物でいいだろ』とか言って、冷たい対応しかしないくせに! なんでこの子には手料理なんて振る舞ってるのよぉぉッ!」

「そうよ龍魔呂。私にも、貴方の手料理なんて一度も……」

 ドレスの美女――魔王ラスティア(人間擬態中)も、ゆらりと私の方へ顔を向けた。

 その美しい瞳の奥に、ブラックホールのような闇が見える。

「ねえ、龍魔呂? まさかとは思うけど……貴方、熟した果実(私たち)より、こういう青いロリが好みだったりするのかしら?」

「ひぃッ!?」

 私は悲鳴を上げて後ずさった。

 怖い。怖すぎる。

 嫉妬の炎と、重力の檻。二つの超常的なプレッシャーが、ただのパンの耳生活者である私を押しつぶそうとしている。

「ち、違いますわ! 私、ただ通りがかりに匂いに釣られただけで……!」

「黙りなさい泥棒猫! 龍魔呂の肉じゃがは、私が最初に食べるはずだったのよ!」

「あら泥棒猫は貴女でしょう? 私は彼を魔界の専属シェフに迎える契約を進めているのよ」

 バチバチバチッ!!

 ルチアナとラスティアの視線が交錯し、店内の空間が歪む。

 神気と魔力。世界を二分する頂点の力が、この小さな小料理屋で衝突しようとしていた。

 巻き込まれたら消し飛ぶ。

 私がガタガタと震え、泡を吹いて気絶しかけたその時。

 ゴッ、ゴッ!

 鈍い音が二回響いた。

 龍魔呂さんが、二人の美女の頭に、軽く拳骨を落としたのだ。

「……痛っ!?」

「なっ、貴方、私を誰だと……!」

 二人が頭を押さえて涙目になる。

 龍魔呂さんは、呆れたようにため息をつき、角砂糖をボリボリと噛み砕いた。

「うるさい。ここは店だ。痴話喧嘩なら外でやれ」

「だ、だってぇ……」

「それに、そいつを見ろ。ただの腹ペコのガキだぞ。色気もへったくれもない」

 龍魔呂さんは親指で私を指した。

 ガキ。色気がない。

 普段なら「失礼な!」と怒るところだが、今の私にはそれが命綱だった。

 私は必死に、空っぽの財布と薄汚れた服をアピールし、精一杯の「無害な小動物」の顔をした。

「そ、そうですわ! 私、ただの貧乏な地下アイドルで……今日の食事もパンの耳でしたの!」

「パンの耳……?」

 ルチアナとラスティアが、キョトンとした顔で私を見た。

 世界の頂点に立つ彼女たちにとって、それは未知の単語だったのかもしれない。

「……龍魔呂。この子、保護対象?」

「ああ。野良犬みたいなもんだ」

 龍魔呂さんは短く答えると、私の背中をポンと押した。

「ほら、帰れ。これ以上ここにいると、この面倒くさいおばさん達に食われるぞ」

「お、おばさん!?」

 美女二人が激昂する隙に、龍魔呂さんは私に目配せをした。

 『今のうちに逃げろ』という合図だ。

「し、失礼しましたーッ!!」

 私は音速で店を飛び出した。

 背後から、「ちょっと龍魔呂! おばさんってどういうことよ!」「私の重力魔法でお仕置きが必要ね……」という物騒な会話が聞こえてくるが、振り返らない。

 夜道を走りながら、私は心臓を押さえた。

 怖かった。死ぬかと思った。

 でも。

(龍魔呂さん……私を助けてくれたんですわね)

 あの強面で、神や魔王ですら子供扱いする最強の店主。

 彼がくれた肉じゃがの温かさと、不器用な優しさ。

 私は、満腹のお腹と、少しのときめきを抱えてシェアハウスへと急いだ。

 ――しかし、私はまだ知らなかった。

 私の「運」が、この夜を境に大きく動き出そうとしていることを。

 翌日、太郎国王からの呼び出しが、私をさらなる試練(という名の宴会芸)へと突き落とすことになるなんて。

(第8話へ続く)

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