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EP 3

命がけの卵と、残酷な朝食格差

 炭水化物(パンの耳)と、ビタミン(公園の雑草)。

 これだけでは足りない。

 アイドルの体作り、そして連日のサバイバル生活を支えるには、決定的に不足している栄養素がある。

 そう、タンパク質だ。

 私は河川敷の背の高い草むらの中に身を潜め、鋭い眼光でターゲットを見据えていた。

 私の視線の先、およそ50メートル地点。

 そこに、巨大な鳥の巣がある。

「……発見しましたわ。野生のトライバードの巣」

 トライバード。別名『三徳鳥』。

 肉は美味、羽は素材、糞は肥料になるという、神が与えた奇跡の家畜だ。

 だが、今そこにいるのは牧場で飼い慣らされた大人しい個体ではない。野生の、しかも産卵期で神経質になっている魔獣だ。

 ダチョウとニワトリを悪魔合体させて筋肉増強剤を打ったような巨体が、巣の周りを警戒してウロウロしている。

 その鋭いクチバシは、私の細腕くらいなら一撃でへし折るだろう。

「でも……あの巣の中には、私の朝食たまごがある……!」

 タロウマートで買えば、卵1パックで銅貨数枚(数百円)。

 今の私には手が出ない高級食材だ。

 しかし、ここなら無料タダ。必要なのは勇気と、少しの命懸けのアクションのみ。

「行きますわよ……!」

 私はスカートの裾を結び、匍匐前進を開始した。

 泥にまみれようと構わない。今の私はアイドルではない。ハンターだ。

 チャンスは一瞬。

 親鳥が川の魚に気を取られ、巣から離れたその瞬間――!

「今ですわッ!!」

 私は草むらから飛び出し、全速力で巣へとダッシュした。

 巣の中には、ハンドボール大の巨大な卵が鎮座している。

 私はそれをひったくり、脇に抱えると、振り返ることなく走り出した。

『グエェェェェェッ!?』

 背後で、卵を盗まれたことに気づいた親鳥の激怒の絶叫が響く。

 ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 地響きと共に、猛烈な勢いで追いかけてくる気配。

「ひぃぃぃっ! ごめんなさい! でも返しませんわよ! これは私の明日の活力なんですのーッ!!」

 私は必死に足を回した。

 この一週間、家賃滞納の恐怖に追われ続けたおかげか、私の逃げ足はかつてないほど速くなっていた。

 河川敷を駆け抜け、土手を滑り降り、市街地へと逃げ込む。

 ――こうして私は、泥だらけになりながらも、貴重なタンパク質を勝ち取ったのだった。

 ◇

「ただいま戻りました……ゼェ、ゼェ……」

 命からがらマンションに帰宅した私は、ボロボロの姿でリビングに入った。

 時刻は午前7時半。

 シェアハウスのダイニングでは、すでに優雅な朝食タイムが始まっていた。

「おかえりー、リーザちゃん。……って、なんかすごくワイルドな格好になってるけど大丈夫?」

 心配そうに声をかけてくれたのは、キャルルさんだ。

 彼女の目の前には、コンビニ『タローソン』で買ってきた『プレミアム・厚切りカツサンド(450円)』と、『搾りたて濃厚人参ジュース(200円)』が並んでいる。

 パッケージに輝く「プレミアム」の文字が、私の網膜を焼いた。

「あ、あら、リーザさん。泥遊びですの? 元気ですわねぇ」

 おっとりと微笑むのは、ルナさん。

 彼女の食事はさらに異次元だった。

 テーブルの上には、彼女が魔法で生成したばかりの、朝露に濡れた新鮮なフルーツの山。

 彼女が杖を一振りすると、それらが空中でカットされ、ミキサーに飛び込み、黄金色に輝くスムージーへと変貌していく。

「世界樹の恵み・特製ビューティースムージーですわ。一口飲むだけでお肌がプルプルになりますのよ」

 キラキラキラ……☆

 効果音が見えるようだ。あのスムージー一杯で、私の全財産以上の価値があるに違いない。

 私はゴクリと喉を鳴らし、自分の戦利品をテーブルに置いた。

 ――カタリ。

 テーブルの端に置かれたのは、焦げ目のついたパンの耳(無料)、公園で摘んだノビルとタンポポのサラダ(無料)、そして命がけで盗んできたゆでプライスレス

 ダイニングテーブルの上に、残酷なまでの「格差」が可視化された。

 右側:コンビニのプレミアム朝食。

 中央:魔法のロイヤルフルーツ朝食。

 左側:……サバイバル・ゴミ拾い定食。

「「…………」」

 キャルルさんとルナさんの視線が、私の食事に釘付けになる。

 ルナさんが、不思議そうな顔で小首を傾げた。

「あの、リーザさん? その緑色の葉っぱ……失礼ですが、そこの公園の雑草に見えるのですけれど」

「ち、違いますわ! これは『オーガニック・ワイルド・リーフサラダ』です!」

「パンの……耳? 焦げてますよ?」

「これは『炭焼きクリスピー・ラスク』です!」

 私は震える声で言い張った。

 惨めだ。あまりにも惨めだ。

 でも、ここで「恵んでください」と言ってしまったら、私はアイドルの誇りを失う気がした。

 ルナさんは、私の言葉を信じたのか、それとも察したのか、優しく微笑んでグラスを差し出した。

「そうですの。でも、作りすぎてしまいましたから、このスムージー、リーザさんもいかが? ビタミンたっぷりで美味しいですわよ?」

 悪魔の誘惑。

 その黄金色の液体からは、芳醇な桃とマンゴーの香りが漂ってくる。

 飲みたい。死ぬほど飲みたい。喉がカラカラだ。

 私の中の貧乏神が「飲ませろ! プライドなんて捨てて飲め!」と叫んでいる。

 しかし、私はグッと拳を握りしめ、首を横に振った。

「お、お気遣いなく! 私は今、減量中……そう、ストイックなアイドルの体作りをしているのです! 甘いものは敵ですわ!」

「まあ、さすがプロですわね。感心しましたわ」

「えー、私なら絶対飲んじゃうけどなぁ」

 キャルルさんがカツサンドを大口で頬張り、ルナさんが優雅にスムージーを啜る。

 その横で、私は殻を剥いたゆで卵にかぶりついた。

 パサパサの黄身が口の中の水分を奪っていく。

 塩すらない、素材そのものの味。

 でも、ほんのりと温かい。

(……うっ、美味しい……)

 命がけで手に入れた卵の味は、涙が出るほど濃厚だった。

 私はノビルをかじり、パンの耳を水で流し込む。

「(見てらっしゃい……いつか私も、タロウキングのモーニングセットを食べてみせますわ……!)」

 心の中で血の涙を流しながら、私は今日も笑顔で「ごちそうさまでした」と手を合わせるのだった。

 お腹は半分も満たされていないけれど、私の戦いはまだ始まったばかりだ。

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