表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/29

EP 9

経費で落ちますか?

 冷房が効きすぎた聴取室の机の上に、私のプライド(と貧乏生活の結晶)がぶちまけられた。

 クシャクシャに丸まったレシート。

 裏紙に書かれた手書きのメモ。

 スーパーの値引きシール(台紙付き)。

「……なんですか、このゴミの山は」

 灰原が心底嫌そうな顔で眼鏡を押し上げた。

「ゴミではありませんわ! 私が血を吐くような思いで集めた、生活の記録……いえ、事業活動の記録ですのよ!」

「生活の記録と言っている時点でアウトです。家事関連費は経費に算入できません」

 灰原が冷たく切り捨てる。

 しかし、リベラ様は不敵な笑みを崩さない。

「ええ、プライベートな支出は経費になりません。……ですが、彼女は『24時間アイドル』。息を吸うのも事業の一環ですわ。さあ、一つずつ精査していきましょう」

 リベラ様は、レシートの山から一枚を拾い上げた。

【エントリーNo.1:タロウマート特製・半額のり弁(240円)】

「まずはこれですわね、リーザさん」

「はいっ! これは私がライブの翌日に、激しいカロリー消費を補うために購入した、いわば『燃料代』ですわ! 立派な経費――」

「却下ですわ」

 ビリッ。

 リベラ様は私の目の前で、のり弁のレシートを破り捨てた。

「ええええッ!?」

「食事代は原則として経費になりません。打ち合わせを伴う『会議費』か、接待目的の『交際費』でなければ無効です。貴女、これを一人で食べましたわよね?」

「は、はい……テレビを見ながら……」

「ならただの食費プライベートです。次!」

 味方のはずのリベラ様が、灰原よりも厳しい査定を下す。

 灰原は「ほう、まともな弁護士ですね」と少し感心していた。

【エントリーNo.2:タロウの天然水(68円)】

「では、これはどうです!? ドラッグストアで買ったお水ですわ!」

「ただの飲料水ですね。食費と同じく却下――」

「異議あり!」

 灰原が弾こうとしたレシートを、リベラ様が素早く押さえた。

「これは飲料水ではありません。彼女はこれを『化粧水』として肌に塗布していました。アイドルにとって美肌の維持は生命線。よってこれは**『美容費』あるいは『消耗品費』**として計上すべきです」

「なっ……! 成分表に『採水地:浄水場』とありますよ! ただの水道水だ!」

「水道水だろうと泥水だろうと、本人が『美容液』として事業用に使用した実態があれば経費ですわ! ……リーザさん、証言を」

「は、はい! 私、コットン(100均)にひたひたにして、毎晩顔に貼り付けておりますわ! おかげでお肌プルプルですの!」

 私の必死の証言(と安い美容法)に、灰原は顔を引きつらせた。

「……くっ、たかが68円……認めましょう」

「よしっ! 経費計上デダクション、一つ獲得ですわ!」

【エントリーNo.3:ハート型サングラス(100円)&古着のトレンチコート(500円)】

「これはどう見ても日用品……いや、変装グッズですね。プライベートの外出用でしょう」

「いいえ。彼女はこれを着用して、SWAT本部という『危険地帯』へ潜入しました。いわば、アイドルの知名度を守るための**『衣装代』、あるいはスキャンダル対策の『防犯費』**です」

 リベラ様が六法全書を机に叩きつける。

「現に、彼女は『情報屋』としてのキャラ作りのためにこのコートを購入しました。事業に直結する投資プロップスですわ!」

「あんなボロボロのコートが衣装……!? アイドルの定義が崩れる……!」

 灰原が頭を抱え始めた。

 リベラ様の詭弁ロジックが、税務署の常識を次々と破壊していく。

【エントリーNo.4:五円玉(複数枚)】

「待ってください。この『五円玉』というのは何ですか? 現金の支出証拠がない!」

「ああ、それはですね……」

 私は恥ずかしそうに指を突き合わせた。

「私、路上ライブで『一発芸』をする時に、鼻の穴にこの五円玉を詰めて『ポンポコ節』を歌うんですの。だから、これは絶対に必要な……」

「立派な**『舞台小道具費』**ですわね!」

 リベラ様が力強く宣言した。

「はぁぁ!? 硬貨を鼻に詰める!? それがアイドルのライブだと!?」

「ええ、彼女は身体を張って観客の笑顔とおひねりをもぎ取っているのです。この五円玉は流通貨幣としての機能を失い、完全に『小道具』と化しています。経費として計上しなさい!」

 ◇

 それから数時間。

 白熱する「経費計上大会」は、泥沼の様相を呈していた。

「公園の雑草を炒めるためのごま油代(特売で198円)!」

「……自炊の範疇だ! 却下!」

「いいえ、テレビ番組『隣の極貧さん』のロケで使われた『美術協力費』です!」

「ぐぬぬ……!」

 リベラ様の容赦ない交渉術と、私のあまりにも惨めな生活実態のコンボ攻撃。

 一枚、また一枚と、ゴミのようなレシートが「必要経費」という名の黄金の盾に変わっていく。

 最初は冷徹だった灰原の顔は、今や脂汗でテカテカに光っていた。

「……はぁ、はぁ……」

 灰原がネクタイを緩め、力なく電卓を叩く。

 そして、ついに彼が白旗を上げた。

「……わかりました。経費の計上、および『現物支給』の評価額の見直しを……認めます……」

 ガックリと項垂れる税務官。

 勝った。

 私たちは、国家権力(税務署)から、私のお金と未来をもぎ取ったのだ!

「やりましたわ、リベラ様! 完全勝利ですわーッ!」

「ふふっ……チョロいものですわね」

 私はリベラ様に抱きつこうとした。

 しかし、彼女は冷たい手で私を制し、あの「悪魔の笑顔」を浮かべた。

「喜ぶのはまだ早いですわよ、リーザさん。……税金の計算は終わりましたが、一番大切な『お支払い』が残っていますものね?」

 嫌な予感がした。

 聴取室の温度が、冷房とは違う理由で、さらに5度ほど下がった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ