EP 8
悪魔の弁護士リベラ、動く
ダンッ!!
聴取室の机に、分厚い六法全書が叩きつけられた。
その衝撃で、灰原の眼鏡がズレ、私の心臓は跳ね上がった。
「リ、リベラ様……!? どうしてここに!?」
「あら、可愛い店子が連れ去られたのですもの。大家として、そして顧問弁護士として駆けつけるのは当然ですわ」
リベラ様は優雅に髪をかき上げ、私にウィンクしてみせた。
その瞳の奥には、「このカモ(リーザ)から毟り取っていいのは私だけですわ」という強烈な独占欲が見えた気がしたけれど、今はその頼もしさに縋るしかない。
「……部外者の立ち入りは困りますね」
灰原が冷ややかに眼鏡の位置を直した。
「私は公務を執行中です。彼女の脱税疑惑について――」
「異議あり(オベジェクション)!!」
リベラ様が灰原の言葉を遮り、鋭い指先を突きつけた。
「脱税? 片腹痛いですわ。彼女はただの『無知な少女』であり、悪意ある所得隠しなどしていません。……そうですよね? リーザさん」
「は、はいっ! 私、税金のことなんて1ミリも知りませんでしたわ!」
「ほらご覧なさい。……さて、ここからは私が彼女の代理人として交渉します」
リベラ様はパイプ椅子を優雅に引き寄せ、灰原の正面に座った。
冷徹な能面官僚 VS 銭ゲバ悪徳弁護士。
頂上決戦のゴングが鳴った。
◇
「まず、貴方が課税対象とした『パンの耳』についてです」
リベラ様は資料をパラパラとめくり、鼻で笑った。
「これを『現物給与』として課税する? 正気ですか?」
「市場価値がある以上、当然です。パン屋では一袋10円で売られています」
「いいえ。これは『産業廃棄物』です」
リベラ様が断言した。
「パンの耳は、サンドイッチ製造過程で生じる『不要物』。本来なら廃棄コストがかかるゴミです。それを彼女が引き取ることで、パン屋の処分費用を浮かせている……いわば『ボランティア活動』ですわ」
「なっ……ゴミだと?」
「ええ。貴方はゴミに税金をかけるおつもり? ならば国は、国民が出すゴミの全てに資産価値を認め、課税する義務が生じますわよ? ……明日からゴミ収集車を有料化しますか?」
灰原の眉がピクリと動いた。
痛いところを突かれたようだ。
「……百歩譲って、パンの耳は非課税としましょう。ですが、缶詰や古着は違います。これらは明らかに価値がある」
「それらは『贈与』ではなく『お布施』です」
「は?」
リベラ様は真顔で言い放った。
「リーザさんはアイドルです。アイドルとは『偶像』。すなわち宗教的な崇拝対象です。ファンは信者であり、彼らが捧げる物品は『供物』。……宗教法人の収益事業以外の所得は非課税ですわよね?」
「彼女は宗教法人ではありません!」
「実質的には同じですわ! 彼女のライブは儀式、歌声は説法、そしておひねりは浄財! ……心の救済活動に対して課税するなど、信教の自由の侵害ですわ!」
無茶苦茶だ。
私のアイドル活動、いつの間にか宗教になっていた。
でも、リベラ様の剣幕に、灰原がタジタジになっている。
「くっ……詭弁だ……! ですが、ライブでの『おひねり』は現金だ! これは言い逃れできない!」
「ええ、それは認めましょう。ですが……」
リベラ様はニヤリと笑い、電卓を取り出した。
「売上があるなら、『経費』も認められるはずです。……灰原さん、貴方は彼女の『必要経費』を計算に入れましたか?」
「け、経費? パンの耳をかじるだけの生活に、経費など……」
「ありますわよ。山のようにね」
リベラ様は私の方を振り返った。
「リーザさん。出しなさい。貴女が溜め込んでいたゴミ……いいえ、『領収書』の山を!」
「は、はいっ! これですわね!」
私はポケットから、クシャクシャになったレシートの束を取り出し、机の上にぶちまけた。
スーパーの半額シール付きレシート。
100均のレシート。
謎のメモ書き。
それを見た灰原が、「……ゴミじゃないか」と呟いた。
しかし、リベラ様はそれを宝の山を見るような目で見つめ、不敵に宣言した。
「さあ、ここからは『経費計上』のお時間ですわ。……一円たりとも、無駄にはさせませんことよ!」
戦いのフェーズが変わった。
今度は、このゴミのようなレシートを、いかにして「アイドルの必要経費」として認めさせるか。
私の全財産(とマグロ漁船回避)を懸けた、泥沼の計算バトルが幕を開けた!




