EP 6
黒い封筒と、灰色の男たち
「貧乏アイドル」としての活動が軌道に乗り始めてから、数週間。
シェアハウス『メゾン・ド・キャロット』のリビングは、かつてないほどの物資で溢れかえっていた。
「見てくださいまし、キャルルさん。今日は『高級オイルサーディン(賞味期限1ヶ月切れ)』が届きましたわ!」
「おおー! リーザちゃんすごい! 昨日は『古着の詰め合わせ(毛玉付き)』だったもんね!」
私は山積みのダンボールを開封しながら、満面の笑みを浮かべていた。
現金収入も増えた。
通帳の残高は、金貨5枚(5万円)を突破。
家賃の支払いにも目処が立ち、半額のり弁どころか、たまには定価のプリンを買う余裕すら生まれた。
「人生、チョロいですわね……」
私はソファにふんぞり返り、頂いた缶詰をパカッと開けた。
オイルの香り。富の香りだ。
このままいけば、私は借金を完済し、タワーマンションに引っ越す日も近いかもしれない。
――ピンポーン。
その時、インターホンが鳴った。
また宅配便かしら? 今度は何が届いたの? 松阪牛? それとも宝石?
「はーい、今出ますわ~♪」
私はスキップで玄関へ向かい、無防備にドアを開けた。
「お届け物ですか? ハンコならここに……」
しかし。
ドアの向こうに立っていたのは、宅配業者ではなかった。
「…………」
そこにいたのは、三人組の男たちだった。
全員が同じ、コンクリートのような灰色のスーツを着ている。
髪型は隙のない七三分け。
表情は、まるで能面のように動かない。
目には感情の光がなく、ただ冷徹な「査定」の色だけが浮かんでいる。
「……え?」
本能的な恐怖で、私の足がすくんだ。
SWATの鮫島隊長のような「暴力的な怖さ」ではない。
もっと無機質で、逃れられないシステムの怖さ。
真ん中の男が、胸ポケットから黒い手帳を取り出し、機械的な声で告げた。
「タロウ国税務署、特別徴収課の灰原です」
――税務署。
その単語が聞こえた瞬間、心臓がキュッとなった。
昨日ポストに入っていた黒い封筒。あれは悪戯じゃなかったの!?
「リーザ・フォン・シーランさんですね?」
「は、はい……そうですけれど……」
「貴方に対し、所得税法違反(脱税)および贈与税申告漏れの疑いがあります」
脱税。
人生で最も聞きたくない単語ランキング、堂々の第一位。
「だ、脱税!? 人聞きの悪いこと言わないでくださいまし! 私、パンの耳をかじって生きてるだけの清貧なアイドルですのよ!?」
私が抗議すると、灰原という男は眉一つ動かさず、私の背後にあるリビングを指差した。
「清貧? ……では、あそこにある大量の物資はなんです?」
「えっ? あれはファンの方からの善意の差し入れで……」
「現物支給による所得、および個人からの贈与とみなされます」
男の目がキラリと光った。
「パンの耳、缶詰、古着。これら全てに市場価値があり、課税対象となります」
「はぁぁぁッ!? ゴミ寸前のパンの耳にも税金がかかるんですの!?」
「当然です。……資産隠しは重罪ですよ」
灰原が合図をすると、後ろの二人の男たちが、無言で家の中に踏み込んできた。
「ちょ、ちょっと! 土足で何するんですの!」
「証拠品の差し押さえです」
男たちは手際よくダンボール箱に『差押』と書かれた赤札を貼っていく。
私のオイルサーディンが! 毛玉セーターが!
「待って! 待ってくださいまし! それは私の明日のご飯なんです!」
私が男の腕にしがみつこうとした時、灰原が私の目の前に一枚の紙を突きつけた。
「詳しい話は署で聞きましょう。……同行願います」
SWATに連行された時は、まだネタになる余裕があった。
でも、今回は違う。
これは「ガチ」だ。
手錠こそかけられていないが、灰色の男たちに囲まれた私は、完全に逃げ場を失っていた。
「キャ、キャルルさぁぁぁん! ルナさぁぁぁん! 助けてぇぇぇッ!」
私の悲鳴は虚しく響き、そのまま灰色の公用車(窓ガラスがスモーク張り)へと押し込まれた。
バタン、と重いドアが閉まる音が、私の自由な生活の終わりを告げる鐘のように聞こえた。




