EP 5
同情するなら金をくれ
翌日。
『太郎芸能プロダクション(プレハブ)』の前には、宅配業者のトラックが列をなしていた。
「お届けものでーす! リーザ様宛、ダンボール20箱!」
「こっちもだ! 『全国リーザちゃんを肥えさせ隊』様より、米俵一票!」
次々と運び込まれる物資。
狭い事務所は、あっという間に食料品と古着の山で埋め尽くされた。
「……な、なんですのこれ……」
私が呆然としていると、奥のデスクで太郎陛下が電卓を叩きながら高笑いしていた。
「ギャハハ! すげぇぞリーザ! 昨日の放送のおかげで、事務所への支援物資が止まらねぇ!」
太郎陛下は、山積みになった『高級食パンの耳(業務用)』の袋を私に投げ渡した。
「ほら食え。一生分のパンの耳だぞ」
「うっ……ありがとうございます……」
嬉しい。確かに嬉しい。
食費が浮くのは助かるし、これで飢える心配はない。
でも、届いているのは「パンの耳」「賞味期限ギリギリの缶詰」「少し穴の空いたセーター」ばかり。
現金の差し入れは……?
「あの、陛下。出演依頼とかは来てませんの? CMとか、雑誌のグラビアとか!」
「おう、来てるぞ。山ほどな」
太郎陛下は、デスクの上の企画書を指差した。
【求む! 雑草ソムリエ(無人島ロケ)】
【検証番組:人はパンの耳だけで何日生きられるか?】
【ドキュメンタリー:鳩と暮らす少女】
「全部イロモノじゃありませんのぉぉぉッ!!」
私は企画書をちゃぶ台返しした。
アイドルとしての仕事がない! キラキラしたステージも、可愛い衣装もない!
あるのは泥臭いサバイバル案件ばかり。
「贅沢言うな。今のテメェの売りは『貧乏』と『哀愁』だ。この波に乗れ」
「うぐぐ……」
悔しいけれど、反論できない。
現に、私のSNSフォロワー数は爆増している。
みんな、私の歌声よりも「私が道端の草を天ぷらにして食べる動画」を求めているのだ。
「……わかりましたわ。やりますわよ」
私はパンの耳を齧りながら、覚悟を決めた。
「雑草でも泥水でも何でも来いですわ! 全部ネタにして、稼いで稼いで……いつか本物のステーキを食べてやりますわ!」
こうして、私の「貧乏アイドル」としての活動は本格化した。
来る日も来る日も、体当たりのロケ。
川で魚を手づかみし、野草図鑑を片手に山を歩き、もらった古着をリメイクして着こなす。
そのひたむきな姿は、国民の涙と笑いを誘い、私のお財布(と事務所の金庫)は少しずつ、確実に潤っていった。
銀貨が金貨になり、貯金箱が重くなっていく。
平和だった。
順調だった。
このままいけば、来月には念願の「家賃完済」も夢じゃない。
――そう思っていた。
あの「黒い封筒」が届くまでは。
◇
数週間後。
ロケから帰宅した私は、シェアハウスのポストに一通の封筒が入っているのを見つけた。
ファンレターではない。
請求書でもない。
重厚な黒い和紙のような封筒に、金色の箔押しで、禍々しい紋章と文字が刻まれている。
差出人:【タロウ国税務署・特別徴収課】
「ぜ……税務署……?」
その単語を見た瞬間、私の本能が警鐘を鳴らした。
魔王よりも、ドラゴンよりも恐ろしい存在。
それが、国家権力による「徴収」だ。
私は震える指で封を開けた。
中に入っていたのは、一枚の紙きれ。
【出頭命令書】
【リーザ・フォン・シーラン殿。貴殿の所得申告について重大な疑義が生じております。直ちに出頭されたし】
「ひっ!?」
所得申告? 疑義?
私はただ、パンの耳を貰って、少しのお小遣いを稼いでいただけなのに!
何も悪いことなんてしていませんわ!
しかし、紙の下部には小さく、しかし残酷な追伸が書かれていた。
※正当な理由なく拒否した場合、財産の差し押さえ及び身柄の拘束(マグロ漁船行き)を執行します。
「いやぁぁぁぁぁッ!!」
夕暮れの住宅街に、私の悲鳴がこだました。
パンの耳も、半額弁当も、私のささやかな幸せも。
全てを飲み込む巨大な闇が、すぐそこまで迫っていたのだ。




