EP 3
忍び寄るカメラと、鳩の餌
翌日。
私は朝の光を浴びて、『タロウ公園』のベンチに座っていた。
肌の調子は……まあ、悪くない。昨夜の「水道水パック(68円)」のおかげか、心なしか潤っている気がする。
「ふふ、今日の私は輝いていますわ。……さて、ランチタイムとしましょうか」
私は膝の上にハンカチを広げ、本日のランチメニューを展開した。
パン屋『ヤキタテ』で貰ったいつもの「パンの耳」と、昨夜の「半額のり弁」から取り置いておいた「ちくわの磯辺揚げの端っこ(2センチ)」。
慎ましい。けれど、今の私にはこれでも十分なコース料理だ。
その時だった。
「ほーら、お食べ。たっぷりあるからねぇ」
数メートル先のベンチで、穏やかそうな帽子のおじさんが袋をガサゴソと開けた。
途端に、公園中の鳩たちが「クルックー!」と歓喜の声を上げて集まってくる。
おじさんがパァーっと空中に撒き散らしたのは、大量のパンくずだった。
――フワッ。
風に乗って、甘いバターの香りが私の鼻腔をくすぐる。
私はピクリと兎耳(心の耳)を立てた。
「こ、この香りは……!」
ただのパンくずではない。
あの芳醇な香りは、第1区の高級ベーカリー『銀座タロウ』の『極上生食パン(一斤1000円)』の耳だ!
しかも、乾燥していない。しっとりとして、まだ柔らかそうな……!
ドクン。
私の瞳孔が開いた。
おじさんは「ほれほれ」と無邪気に高級パンくずを地面にばら撒いている。
鳩たちがそれを啄む。
なんてことだ。あんな高級食材を、鳥類ごときに消費させるなんて! SDGsの観点からも許されない暴挙ですわ!
「……許せませんわ」
私は立ち上がった。
手元の乾いたパンの耳(無料)を見る。
そして、地面に転がる高級生パンの耳(無料)を見る。
本能が、理性を凌駕した。
「どきなさい! それは私のカロリーですわーッ!!」
私はスカートをひるがえし、鳩の群れの中へとダイブした。
◇
「クルッ!?(何だこいつ!?)」
鳩たちが驚いて飛び立つ。
その隙に、私は地面に落ちる寸前のパンくずを、キャルルさん直伝の音速スライディングでキャッチした。
「確保ぉぉぉッ!」
「お、お嬢ちゃん!? 何やってるんだね!?」
餌やりおじさんが目を丸くして固まっている。
私は土埃にまみれた顔を上げ、真剣な眼差しでおじさんを見つめた。
「おじ様! 地面に落ちたら勿体ないですわ! 私なら空中キャッチできますの! さあ、もっと投げてくださいまし!」
「い、いや、これは鳩の餌で……」
「鳩も私も、お腹を空かせた生き物という意味では等価ですわ! 種族差別は良くなくてよ!」
私の気迫に押されたのか、おじさんは震える手でポイッとパンくずを投げた。
「ポッポー!(俺のだ!)」
「シャアアアッ!(甘い!)」
私は鳩と空中で激突した。
鳩の翼が私の頬を叩く。私の手が鳩のボディを押しのける。
熾烈なドッグファイト。
しかし、空腹という名のエンジンを積んだ私の執念が勝った。
バシィッ!
私は見事に、空中で『極上生食パンの耳』を素手で掴み取った。
「勝利……!」
私は戦利品を口に放り込んだ。
甘い。フワフワだ。
涙が出るほど美味しい。
「ポッポォ……(ドン引き)」
鳩たちが、少し離れた場所から「関わらないほうがいいヤツだ」という目で私を見ている。
ふん、勝者の孤独というやつね。
私は口の周りについたパンくずを舐め取り、満足げに仁王立ちした。
◇
――その時。
公園の茂みの奥で、赤いランプが静かに点灯していたことを、私は知らなかった。
「……撮れましたか、ディレクター」
「ああ、バッチリだ。最高にいい画が撮れたぞ」
迷彩服を着たカメラマンと、ニヤニヤした男が茂みからレンズを向けていた。
彼らの機材には、国営放送局『TNK』のロゴステッカー。
そして、企画書にはこう書かれている。
人気バラエティ『突撃! 隣の極貧さん』
~元・自称姫のアイドルが、ついに鳩の餌を奪うまでに転落!?~
「いやぁ、まさか鳩とガチ喧嘩して餌を奪うとはねぇ。これ、視聴率20%超えるよ」
「アイドルの悲哀とたくましさ……このギャップ、SNSでバズり確定ですね」
カメラマンたちは、満足そうに撤収していく。
何も知らない私は、おじさんに「ごちそうさまでした!」と元気に挨拶し、高級パンの耳でお腹を満たして帰路についた。
この映像が、数日後に全国のお茶の間に衝撃を与え、そして最悪の敵(税務署)を呼び寄せることになるとは、夢にも思わずに。




