EP 2
美容革命! 激安ミネラルウォーター
半額のり弁で満たされた私は、ふと鏡の中の自分を見て愕然とした。
「……肌が、荒れていますわ」
無理もない。ここ数週間の生活環境は劣悪そのものだった。
紫外線(路上生活)と、栄養不足(パンの耳)、そしてストレス(家賃滞納)。
かつては「シーランの真珠」と謳われた私の肌も、今や乾燥したスルメのようにカサカサだ。
「アイドルとして、これは致命的ですわ。すぐにケアしなければ!」
私はドレッサー(みかん箱)の引き出しを開けた。
そこに入っているのは、私の唯一のスキンケア用品。
それは――公園の水道で洗った空きペットボトルに入れた、**『雨水(ろ過済み)』**だ。
「……これまでは、天の恵み(酸性雨かもしれないけど)を化粧水代わりにしていましたけれど」
私はチャプチャプと揺れる雨水を見つめた。
無料。それが最大の魅力だ。
でも、正直なところ保湿力はゼロだし、たまに砂の味がする。
「今の私には、資金がありますのよ!」
私はガマ口財布を握りしめた。
銀貨15枚から、のり弁代(銅貨2枚と銀貨2枚)を引いても、まだ余裕がある。
今こそ投資の時。
私は美を取り戻すため、第4区にあるドラッグストア『マツモト・タロウ』へと走った。
◇
ドラッグストアの化粧品コーナー。
そこは、きらびやかなボトルが並ぶ迷宮だった。
「ヒアルロン酸配合……金貨2枚(2000円)!?」
「コラーゲン特濃……金貨3枚(3000円)!?」
高い。高すぎる。
のり弁10個分の液体を顔に塗るなんて、正気の沙汰とは思えない。
私は棚の前で膝から崩れ落ちそうになった。
やはり、庶民に美は許されないのか。私が買えるのは、ワゴンセールの『カエル印の馬油(期限切れ)』くらいなのか。
その時、私の目に飛び込んできたのは、入り口付近の特売コーナーだった。
山積みになったダンボール。そこに貼られた赤いポップ。
【本日限り! タロウの天然水(2リットル) 68円(税抜)】
「……これだわ!」
私の脳内に電撃が走った。
人間の体の60%は水分でできている。つまり、良い水を摂取することこそが、究極の美容法なのではないか?
しかも、2リットルで68円。化粧水の何十分の一の値段で、浴びるように使える!
「店員さん! この『タロウの天然水』を一本くださいまし!」
私は重たいペットボトルを小脇に抱え、レジへと向かった。
68円+税。
この投資が、私の肌に革命を起こすのだ。
◇
シェアハウスのリビング。
私はソファに深々と腰掛け、厳かな手つきでペットボトルのキャップを開けた。
プシュッ。
新鮮な空気の音がする。
「見てください、ルナさん。これが私の新しい美容液、『タロウ・ウォーター』ですわ」
向かいで植物図鑑を読んでいたルナさんが、顔を上げて眼鏡の位置を直した。
「……リーザさん。それはただの飲料水に見えますけれど」
「ノンノン。成分表をご覧になって? 『鉱水』と書いてありますわ。つまり、大地のミネラルがたっぷり入っている魔法の水なのです!」
私は100均で買ったコットン(80枚入り)を取り出し、ドボドボと水を染み込ませた。
普通の化粧水なら「もったいない!」と震える量だが、これなら痛みはない。なんせ2リットルもあるのだから。
「いきますわよ……『ウォーター・チャージ』!」
私はひたひたになったコットンを、おでこ、頬、顎へと貼り付けていく。
冷たい。
その冷たさが、毛穴を引き締めていくような気がする。
「ああ……感じますわ。雨水とは違う、この浸透圧……! 細胞の一つ一つが『美味しい!』と喜んでいますわ!」
私はうっとりと天井を見上げた。
プラシーボ効果かもしれない。でも、信じる者は救われるのだ。
ルナさんは、私の顔中に貼られた濡れたコットンを見て、憐れむような、それでいて微笑ましいような目をした。
「……リーザさんが幸せなら、それでいいと思いますわ。でも、それ、採水地が『第9区・水道局裏』になってますけれど」
「えっ」
私はボトルを二度見した。
確かに小さい文字で**【採水地:タロウ国第9区浄水場付近】**と書いてある。
「……つまり、水道水ですの?」
「よくろ過された、美味しい水道水ですわね」
ガーン。
衝撃の事実。
しかし、私はすぐに気を取り直した。
水道水だろうが何だろうが、雨水よりはマシだ! それに68円も払ったのだから、効果はあるはずだ!
「い、いいんですの! 大事なのは気持ち! 気合いですわ!」
私はコットンを上から手で押さえつけ、無理やり肌に水を押し込んだ。
10分後。
コットンを剥がした私の肌は、水分を吸って(ふやけて)、確かに少しだけプルプルになっていた。
「見ましたか! この弾力! 明日の化粧ノリは完璧ですわ!」
「はいはい、おめでとうございます」
ルナさんは呆れながらも拍手してくれた。
ふふん、これで明日のランチタイムも、美しい私で過ごせるはず。
明日は久しぶりのオフ。
公園で優雅にパンの耳(のり弁の残りと一緒に)を食べる予定なのだ。
――だが、私は知らなかった。
その「優雅なランチタイム」こそが、私の運命を狂わせる落とし穴になることを。
そして、私の背後に忍び寄るテレビカメラの影に、まだ気づいていなかった。




