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第三章 密着24時貧乏アイドル

勝利の味は「半額のり弁」

 ジャララッ……。

 シェアハウスのリビングで、私は陶酔の表情で硬貨の山を数えていた。

 先日の『LOVE&MONEY』デビューライブでの戦果。

 おひねりと物販の売上から、太郎陛下の搾取マージンと、リベラ様への借金返済分を差し引いた、私の手取り。

 その額、銀貨15枚(約1万5千円)。

「……ふふふ。大金持ちですわ」

 これまでの所持金が数円~数百円だった私にとって、これは石油王になったも同然の資産だ。

 パンの耳ならトラック一杯分買える。

 雑草なら……いや、雑草はタダだ。買う必要はない。

「今夜は……豪遊ですわ!」

 私は立ち上がった。

 胃袋が「脂! 炭水化物! 塩分!」とシュプレヒコールを上げている。

 ライブの疲れを癒やすには、最高のご馳走が必要だ。

 向かう先は、庶民の台所にして戦場――スーパー『タロウマート』。

 ◇

 午後7時55分。

 タロウマートの惣菜コーナーは、嵐の前の静けさに包まれていた。

 店内BGMの『ポポポポ~♪』という軽快な音が、かえって緊張感を煽る。

 ここに集いし戦士たちは、皆、鋭い眼光でショーケースを睨みつけていた。

 近所の主婦軍団ベテラン

 仕事帰りのサラリーマン。

 そして、なぜかSWATの制服を着たままの巨漢、イグニスさん。

「……あら? イグニスさん?」

 私が声をかけると、彼はビクッと肩を震わせて振り返った。

 その手には、すでに『唐揚げパック(20%引き)』が握られている。

「よ、よう。リーザか」

「貴方、公務員になってお給料が出たはずじゃなくて? なんでまだ値引きシールを待ってますの?」

「バッ、バカ野郎! 金があるからって定価で買うのは素人のすることだ! 浮いた金でさらに肉を買う……それがプロの『増量バルクアップ』だ!」

 なるほど、一理ある(?)。

 貧乏性が染み付いているのは私だけではないようだ。

 その時。

 バックヤードの扉が開き、伝説の男が現れた。

 右手に値引きシール貼りハンドラベラーを持った店員さん――通称『シールの魔術師』だ!

「来るぞ……!」

 イグニスさんが身構える。主婦たちがカートを位置につける。

 店員さんが、無造作に弁当のパックを手に取り、カシャッ、カシャッと神の刻印を押していく。

 【半額】

 【50%OFF】

 その輝かしい黄色いシールが貼られた瞬間、そこは戦場と化した。

「もらったぁぁぁッ!」

「あらやだ奥さん、それは私が狙ってたのよ!」

「どきな! 俺の筋肉がタンパク質を求めてるんだ!」

 怒号と歓声が飛び交う。

 イグニスさんが長い腕で『メガ盛りハンバーグ弁当』を鷲掴みにする。

 私はその巨体の隙間を、キャルルさんとの特訓で培ったステップですり抜けた。

「狙うは一点……あの子だけですわ!」

 私の視線の先にあるのは、ショーケースの隅でひっそりと、しかし確かな存在感を放つ一品。

 『特製・デラックスのり弁当』。

 定価480円。半額で240円!

 ただののり弁ではない。「デラックス」なのだ。白身魚フライが20%増量され、さらにちくわの磯辺揚げに加え、コロッケまで乗っている、茶色い宝石箱!

「そこぉぉぉぉッ!」

 私は主婦のハンドバッグ攻撃を華麗にかわし、スライディング気味に手を伸ばした。

 同時に、サラリーマンの手が伸びてくる。

 だが、今の私はアイドル。ファンサービス(握手)の速さなら負けない!

 バシィッ!

 私の指先が、プラスチックの蓋を捉えた。

「確保ぉぉぉぉッ!!」

 勝利。

 私はのり弁を胸に抱き、高らかに叫んだ(心の中で)。

 ◇

 シェアハウスに戻った私は、ダイニングテーブルに戦利品を安置した。

 電子レンジで温めること50秒。

 ポン、という音と共に、香ばしい醤油と油の香りが漂ってくる。

「いただきます……!」

 私は割り箸を割り、震える手で蓋を開けた。

 黄金色(茶色)に輝く揚げ物たちのパラダイス。

 その下には、おかか醤油が染み込んだ海苔と、白米の絨毯。

 まずは、メインディッシュの白身魚フライから。

 付属のタルタルソースをたっぷりと絞り出す。

 ガブリ。

「んんん~~~~ッ!!」

 サクッとした衣の中から、ホクホクの白身魚が現れる。

 淡白な魚の味を、濃厚な油とタルタルソースが暴力的に彩る。

 これだ。このカロリーこそが、生きている証だ。

「おいひぃ……。パンの耳じゃ味わえない、この重量感……!」

 次は、ちくわの磯辺揚げ。

 青のりの風味が鼻に抜ける。ムチッとした弾力。

 そして、それらを受け止める海苔ご飯。

 醤油が染みた海苔とご飯だけで、無限に食べられる。

「これが……勝者の味ですのね」

 私は涙ぐみながら、コロッケを齧った。

 銀貨15枚あっても、高級フレンチなんて行かなくていい。

 たった240円で、私は世界の王になれる。

 隣では、同じく半額ハンバーグをゲットしたイグニスさんが、「肉ぅぅぅ!」と雄叫びを上げながら白飯をかきこんでいる。

 平和だ。幸せだ。

 しかし。

 私は知らなかった。

 一度上がってしまった生活水準(と言ってものり弁レベルだが)と、財布の紐の緩みが、次なる「無駄遣い」への入り口になることを。

「ふぅ……喉が渇きましたわ。水道水もいいけれど……」

 私は満腹のお腹をさすりながら、ふと思った。

 今の私なら、あの「貴族の飲み物」に手が届くのではないか?

 そう、ミネラルウォーターだ。


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