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EP 2

姫様のモーニングルーティン(サバイバル)

 チュン、チュン……。

 小鳥のさえずりが、第3区の高級マンション『メゾン・ド・キャロット』の404号室に朝の訪れを告げる。

 時刻は午前6時。

 まだ薄暗いリビングには、静寂が満ちていた。

 ふかふかのベッドでスヤスヤと眠るルームメイトたち――音速の冒険者キャルルさんと、世界樹の令嬢ルナさんを起こさないように、私はそっと身を起こす。

「……ふぅ。今日も戦いの始まりですわね」

 私は気合を入れて、ジャージ(太郎陛下がくれた『芋中』と刺繍が入ったもの)に袖を通した。

 元・一国の姫君である私が、なぜこんな早起きをするのか。

 優雅な朝食のため? 美容のため?

 いいえ。生きるためですわ。

 私は音を立てないように玄関を抜け、まだ肌寒い朝の街へと飛び出した。

 ◇

「新しい朝が来た、希望の朝だ~♪」

 第3区にある『タロウ公園』には、早朝から老人や子供たちが集まっていた。

 広場の中央にある魔導スピーカーからは、太郎陛下が歌う独特なメロディの体操曲が流れている。

 そう、この国特有の文化『ラジオ体操』だ。

「イチ、ニ、サン、シ! 腕を大きく振って~!」

 私は最前列のど真ん中を陣取り、誰よりも美しく、優雅に指先まで神経を行き届かせて腕を振る。

 周りのおじいちゃん達が「おお、あの子は今日もキレがいいのう」とざわめいているのが聞こえる。当然ですわ。

 これは単なる体操ではありません。アイドルの基礎となるダンスレッスンであり、体幹トレーニングなのです!

 そして何より――。

「はい、お疲れ様。今日も一番乗りだったね」

「ありがとうございます! 町内会長さん!」

 体操が終わると、私は素早く列に並び、町内会長さんからスタンプカードにハンコを押してもらう。

 このスタンプが30個貯まると、なんと『図書カード(500円分)』が貰えるのです!

 500円……それは、タロウマートで特売の卵パックが5つも買える莫大な金額。

 私の瞳は、欲望ではなく希望の光で輝いていた。

「よし、今日のノルマ達成。次は……朝食の調達ですわね」

 私は公園の奥、人があまり立ち入らない植え込みエリアへと足を向けた。

 ここからが本番だ。

 私はしゃがみ込み、鋭い眼光で地面をスキャンする。

(……ありましたわ!)

 雑草の中にひっそりと混じる、細長いネギのような植物。

 私はそれを根元から引き抜いた。土の香りと共に、小さな白い球根が現れる。

「ノビル……! これは上物ですわ!」

 そう、これは野生のネギ、ノビル。

 刻んでスープに入れれば薬味になり、そのまま味噌をつけて齧れば立派なおかずになる。ビタミンとミネラルの宝庫だ。

 さらに隣には、ギザギザした葉のタンポポ。

 これもお浸しにすれば食べられる。少し苦いけれど、それがまた「大人の味」というもの。

「ふふ、ここはまるで無料のサラダバーですわね」

 私は持参したビニール袋に、次々と「食材」を放り込んでいく。

 傍から見れば雑草むしりをしているボランティアの少女に見えるだろう。

 まさか、これが今日のランチのサラダになるとは誰も思うまい。

 一国の姫が道端の草を食む。

 普通なら嘆くところかもしれないけれど、私は胸を張る。

 だって、トップアイドルになるためには、下積み時代にハングリー精神を養うことが不可欠だと、何かのタロウ・スポーツに書いてあったから!

 ◇

 サラダの次は、メインディッシュの確保だ。

 私は公園を抜け、香ばしい匂いが漂う『パンの店・ヤキタテ』の裏口へと回った。

 ここが、今日の最大の激戦区。

 私は深呼吸をし、表情筋を「儚げな少女」モードにセットする。

「ごめんくださ~い……」

 裏口のドアをノックすると、恰幅のいい店主のおじさんが出てきた。

「おっ、リーザちゃんか! おはよう!」

「おはようございます、店主様。あの……今日も、その……」

 私は上目遣いで、もじもじと指を合わせる。

「うちのペットが……どうしても、こちらのパンの耳じゃないとご飯を食べてくれなくて……。その、もし廃棄する分があれば、お譲りいただけないでしょうか……?」

 嘘である。

 真っ赤な嘘である。

 ペットなんて飼っていない。強いて言えば、私のお腹の中にいる「貧乏神」という名の魔獣くらいだ。

 でも、人魚姫としての最後のプライドが、「私が食べます」とは言わせなかった。

「ガハハ! またか! リーザちゃんの家のペットはグルメだなぁ!」

 店主のおじさんは豪快に笑うと、店の中からズシリと重いビニール袋を持ってきた。

 中には、食パンの端っこや、少し焦げたクロワッサンの欠片がこれでもかと詰まっている。

「ほら、今日は多めだぞ! いっぱい食わせてやりな!」

「あ、ありがとうございますぅぅッ!!」

 私は宝石を受け取るように、そのゴミ袋(宝箱)を受け取った。

 パンの耳。それは焼けばラスクになり、揚げればドーナツになり、スープに浸せばメインディッシュになる、変幻自在のスーパーフード。

「しっかし、毎日こんなに食うなんて、一体どんなペット飼ってるんだ?」

「えっ」

 おじさんの純粋な疑問に、私は冷や汗を流す。

 毎日1キロ近いパンの耳を消費するペット。

 犬? 猫? いや、無理がある。

「え、ええと……ど、ドラゴンですわ! 育ち盛りの小型ドラゴンを!」

「ド、ドラゴン!? すげぇな!」

 危ない。なんとか誤魔化せた(?)。

 私はおじさんに深々と頭を下げ、逃げるように店を後にした。

 ◇

 帰り道。

 右手に野草ノビルとタンポポ、左手にパンの耳1キロを抱えた私は、朝日を浴びて凱旋した。

 マンションのエントランスをくぐり、404号室に戻る。

「ただいま戻りました~」

 リビングに入ると、ちょうどキャルルさんが起きてきたところだった。

 彼女の手には、タローソンの高級サンドイッチ(300円)と、濃厚人参ジュース(150円)が握られている。

「おはよーリーザちゃん! 朝から元気だねー。……あれ? その袋なに?」

「え? あ、ああ、これは……」

 私はパンの耳を背中に隠し、優雅に微笑んだ。

「ちょっとした……鳩の餌やりボランティアですわ」

「へぇー、リーザちゃんって優しいんだね!」

 ごめんなさい。この鳩、私のことです。

 私はキッチンへ向かい、こっそりと戦利品を隠す。

 キャルルさんのサンドイッチの具が、キラキラと輝いて見えた。

 いいえ、負けません。

 私には、この焼きたての(耳だけど)パンと、採れたての(雑草だけど)オーガニック野菜があるのですから。

「さあ、朝食を食べて、今日もアイドル活動サバイバル頑張りますわよ!」

 私の長い一日が、今日も始まる。

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