EP 9
地獄の特訓! ルームメイトの協力
「――というわけですわ! 私がこの歌で週末のライブを成功させなければ、強制送還! 海の藻屑! マグロの餌ですの!」
深夜3時のリビング。
私はテーブルの上に『LOVE&MONEY』の歌詞カードを叩きつけ、ルームメイトたちに土下座の勢いで懇願した。
「お願いします! 皆様の力を貸してくださいまし! 私を……『金に汚いトップアイドル』に改造してほしいのです!」
寝巻き姿のキャルルさん、ルナさん、そしてなぜかパジャマではなく裸にエプロン(?)姿のイグニスさんが、眠そうな目をこすりながら私を見下ろしている。
沈黙が流れた。
呆れられるか。笑われるか。
しかし、口を開いたキャルルさんの言葉は、予想外に明るかった。
「いいよ! 面白そうじゃん!」
「えっ?」
「だってリーザちゃん、最近元気なかったもん。カツ丼食べて泣いてるリーザちゃんより、『金よこせー!』って叫んでるリーザちゃんの方が、見てて楽しいし!」
キャルルさんがニカッと笑う。
ルナさんも、優雅にあくびを噛み殺しながら頷いた。
「そうですわね。貴女が海に帰ってしまわれたら、私の作ったスムージー(実験作)の消費係がいなくなって困りますもの」
「実験台扱い!? でも今はその言葉が嬉しいですわ!」
「フン。……俺も、ライバルがいなくなると張り合いがねぇからな」
イグニスさんが腕を組んで鼻を鳴らした。
みんな……!
私は感動で涙ぐんだ。持つべきものは、最強で最凶のルームメイトたちだ。
「ありがとうございます……! では、早速特訓開始ですわよーッ!!」
◇
【特訓その1:音速のダンスレッスン(担当:キャルル)】
場所はマンション裏の駐車場。
月明かりの下、私は死に物狂いで左右にステップを踏んでいた。
「遅い遅い遅ーい! リーザちゃん、止まって見えるよー!」
「ゼェ、ハァ……! こ、これ以上は……足が千切れますわぁッ!」
キャルルさんが私の周りをぐるぐると走り回っている。
彼女の動きは速すぎて、もはや『残像』しか見えない。
私はその残像に囲まれながら、ひたすら反復横跳びとボックスステップを繰り返させられていた。
「アイドルは体幹が命! それに、金貨を拾うにはスピードが必要でしょ!?」
「そ、そうですわね……! チャリンという音がしたら、誰よりも速く反応しなければ……!」
私の脳裏に、硬貨が地面に落ちる音が響く。
身体が勝手に反応する。
限界を超えろ。音速の集金マシーンになるのだ!
【特訓その2:欲望の可視化(担当:ルナ)】
「もっと感情を込めなさい。……観客に『幻覚』を見せるのです」
ルナさんが杖を振るう。
キラキラと光る粒が舞い降り、私の周囲に『黄金の雨』のイリュージョンを作り出した。
大量の金貨、札束、宝石が降り注ぐ幻影。
「うわぁぁぁッ! お金! お金ですわーッ!」
私は幻影と知りながら、空中の札束に飛びついた。
しかし、手は虚しく空を切る。
「掴めませんわ! ルナさん、これ掴めませんわーッ!」
「ええ、幻ですから。……その『届きそうで届かない』という飢餓感。その顔こそが、この曲の本質なのです」
ルナさんは冷酷な演出家だった。
目の前にご馳走をぶら下げられた犬のように、私は金色の幻影を追いかけてステージ(駐車場)を這いずり回った。
惨めだ。でも、この惨めさこそがリアリティ!
【特訓その3:魂の咆哮(担当:イグニス)】
「声が小せぇぇッ!!」
イグニスさんの怒号が飛ぶ。
彼は私の目の前に仁王立ちし、巨大な『肉の壁(防音壁)』となっていた。
「近所迷惑になるからな。俺の腹に向かって叫べ! 俺の筋肉を震わせるくらいの声量を出してみろ!」
「い、いきますわよ……! すぅっ……」
私は腹の底から息を吸い込んだ。
パンの耳の恨み。カツ丼への執着。家賃の恐怖。
全ての負の感情を、声帯に乗せる!
「マ~ネ~~~~ッ!!!」
「まだまだ! そんな上品な声じゃ、小銭すら恵んで貰えねぇぞ!」
「金ぇぇぇぇぇッ!! 土地ぃぃぃぃッ!!」
私の絶叫が、イグニスさんの鋼鉄の腹筋に吸い込まれていく。
喉が焼けるように熱い。
でも、叫ぶたびに胸のつかえが取れていく気がした。
◇
そして、空が白み始めた頃。
私は泥と汗にまみれて、地面に大の字になっていた。
喉はカラカラ、足は棒のようだ。
「……あら。精が出ますわね」
コツ、コツ、とヒールの音が近づいてきた。
大家のリベラ様だ。
早起きして庭の手入れに来た彼女は、ボロボロの私と、歌詞カードを見て、ふっと微笑んだ。
「『LOVE&MONEY』……。太郎さんが書いたのですか? ふふ、下品で素晴らしい曲ですわ」
「リ、リベラ様……」
「歌詞の内容について、法的な問題はありません。……あとは、貴女が『商品』として売れるかどうかだけ」
リベラ様は私の前にしゃがみ込み、冷えたスポーツドリンクを頬に当ててくれた。
「期待しておりますわよ、リーザさん。……売れれば、お家賃も回収できますものね?」
「……はいっ!」
私はドリンクを受け取り、ふらつきながらも立ち上がった。
朝日が眩しい。
でも、今の私はもう、その光から目を逸らさない。
「見ていてください……。週末のライブで、私が世界を動かしてみせますわ!」
私の目には、もう清純派の迷いはない。
そこに宿るのは、獲物を狙う『肉食獣』の光だけだった。




