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EP 8

歌詞への葛藤と覚悟

 深夜のシェアハウス、404号室。

 私はリビングのソファに深く沈み込み、太郎陛下から渡された歌詞カードを睨みつけていた。

 それはまるで、触れるだけで呪われる禁断の魔導書のようだった。

「……信じられませんわ」

 改めて文字を目で追う。

 読めば読むほど、頭がクラクラしてくる。

 『愛! アイ! ラ~ブラブ! マネー!』

 『ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪』

 『綺麗なドレスもガラスの靴も、維持費がかかるのよ』

「なんて……なんて浅ましくて、下品で、即物的な歌詞なんですの……!」

 私は頭を抱えた。

 私はシーラン国の王女。誇り高き人魚姫。

 幼い頃から、母様には「気高く、美しく、清らかに」と教えられてきた。

 歌とは愛を語るもの。海を讃えるもの。

 決して、「土地が欲しい」とか「ローン」とか叫ぶものではないはずだ。

「こんなの、アイドルの歌じゃありませんわ! ただの銭ゲバの叫びですわ!」

 私は歌詞カードをテーブルに投げ出した。

 無理だ。歌えない。

 こんな歌を人前で披露したら、私のアイデンティティが崩壊する。

 私は「清純派」で売っていくはずだったのに。

「……はぁ」

 ため息をつき、ふと顔を上げた。

 リビングの壁に掛かっている姿見鏡に、自分の姿が映っていた。

 そこにいたのは、誰だ?

 ヨレヨレのジャージ(『芋中』刺繍入り)を着て。

 髪はボサボサで。

 目の下にはクマを作り。

 ポケットからは、苦労して手に入れた『カツ丼無料券』がはみ出している。

「…………」

 鏡の中の少女は、疲れ切っていた。

 でも、その目はギラギラと飢えていた。

 思い出すのは、故郷の珊瑚の城ではない。

 パン屋の裏口で頭を下げて貰った、パンの耳の味。

 公園で必死に探した、食べられる雑草の苦味。

 そして、SWATの取調室で涙を流しながら食べた、あのカツ丼の暴力的な旨味。

「……私、何を気取っていたのかしら」

 私は自嘲気味に笑った。

 清純派? 気高い姫?

 そんなメッキは、とうの昔に剥がれ落ちていたじゃない。

 今の私は、家賃(金貨3枚)に怯え、大家のリベラ様の前で土下座し、懸賞金のために不審者のフリまでした。

 それが現実。

 それが、今の「リーザ・フォン・シーラン」だ。

「維持費がかかる……。ええ、そうですわね」

 私は再び歌詞カードを手に取った。

 今度は、その言葉が不思議と心に染み入ってくる。

 ドレスも、靴も、生活も、夢も。

 維持するには金がかかる。

 綺麗事だけじゃ、お腹は膨れない。家賃は払えない。

「私が欲しいのは……愛だけじゃない」

 鏡の中の自分に向かって問いかける。

 お前は本当はどうしたい?

 清らかなまま、マグロ漁船に乗せられて、海の藻屑になりたいか?

 それとも、泥にまみれても、欲望を曝け出しても、この地上のステージでスポットライトを浴びたいか?

 答えは、決まっていた。

「……欲しいですわ」

 私は立ち上がった。

 歌詞カードを握りしめる手に、力がこもる。

「ダイヤも、土地も、カツ丼も、タワーマンションも! 全部欲しい! 全部手に入れて、母様を見返してやりたい!」

 そうだ。私は強欲だ。

 地上に出てきたのは、もっと広い世界を見たかったから。もっと美味しいものを食べたかったから。もっと多くの人に愛されたかったから。

 この歌は、恥ずべき歌じゃない。

 これは、私の「ソウル」そのものだ。

「さよなら、清純派の私。……ようこそ、資本主義の怪物モンスター

 私は鏡に向かって、ニヤリと笑ってみせた。

 その笑顔は、かつてないほど凶悪で、そして美しかった(と自分では思う)。

 覚悟は決まった。

 あとは、やるだけだ。

「キャルルさん! ルナさん! イグニスさん!」

 私は深夜だということも忘れて、大声で叫んだ。

 寝ているルームメイトたちを叩き起こす。

「起きてくださいまし! 地獄の特訓の始まりですわよーッ!!」

 もう迷いはない。

 今週末のライブで、私は世界(と財布)を変えてみせる。

 この『LOVE&MONEY』で!

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