EP 7
太郎からの呼び出しと最後通告
深夜のシェアハウス。
私はベッドの上で、戦利品を並べてニヤニヤしていた。
「1、2、3……10枚。素晴らしい眺めですわ」
黄金色に輝くチケット。『カツ丼無料引換券』。
これさえあれば、向こう10日間は食いっぱぐれることはない。パンの耳生活からの脱却。これは人類にとって小さな一歩だが、リーザ・フォン・シーランにとっては偉大な飛躍だ。
「ふふ……昨日のSWATの活躍、すごかったですわね。私も『情報屋』としての才能が開花したかもしれませんわ」
少し調子に乗っていた。
カツ丼さえあれば幸せ。そんな小市民的な思考に染まりかけていた。
だから、忘れていたのだ。
私がこの国に来た本来の目的と、さらに巨大な支払いの義務を。
ブブブブブブッ……!!
枕元の魔導スマホが、不吉な重低音で震え出した。
画面を見た瞬間、私の背筋が凍りついた。
着信:太郎国王(鬼畜P)
「……ひぃっ」
嫌な予感しかしない。
深夜の呼び出し。それはロクなことではない。
私は恐る恐る通話ボタンを押した。
「は、はい……リーザです……」
『ようリーザ。起きてるか? 今すぐ事務所に来い』
「えっ、今からですか? もう深夜の2時ですわよ?」
『クリエイターに昼も夜もねえんだよ。……大事な話だ。遅刻したら給料(歩合制)から天引きな』
プツッ。
通話が切れた。
給料天引き。その言葉に、私はパジャマからジャージへと音速で着替えた。
◇
午前2時30分。
王城の近くにあるプレハブ小屋――『太郎芸能プロダクション(仮)』。
深夜だというのに、窓からは煌々と明かりが漏れている。
「失礼します……」
私がドアを開けると、そこには異様な光景が広がっていた。
机の上に積み上げられたエナジードリンクの空き缶。
散乱する譜面。
そして、充血した目でパソコンに向かうジャージ姿の国王、太郎。
「……来たか」
太郎陛下は椅子を回転させて私の方を向いた。
いつもの「へらへらした笑顔」がない。
真剣な、プロデューサーの顔だ。
「座れ。……単刀直入に言うぞ」
私はゴクリと喉を鳴らしてパイプ椅子に座った。
「リーザ。お前、このまま『パンの耳アイドル』で終わるつもりか?」
「へ……?」
「カツ丼券を貰って喜んでる場合じゃねえぞ。……今のままじゃ、お前はただの『可哀想な地元のマスコット』だ。トップアイドルにはなれねえ」
図星だった。
カツ丼で満足していた自分。小銭を稼いで安堵していた自分。
太郎陛下は、私の甘えを完全に見透かしていた。
「だ、だからと言って……どうすればいいんですの? 五円玉を鼻に詰める以外に、何か方法が?」
「ある。……これを見ろ」
太郎陛下は、一枚のCD-Rと、歌詞カードを私に突きつけた。
「新曲だ。タイトルは……『LOVE&MONEY』」
「ラブ・アンド……マネー?」
愛と金。
なんて即物的なタイトルなのだろう。
私は恐る恐る歌詞カードに目を落とした。
♪愛! アイ! ラ~ブラブ! マネー! マネ! ローン!
♪ダイヤが欲しい、土地も欲しい
♪綺麗なドレスもガラスの靴も、維持費がかかるのよ
「なっ……!?」
私は絶句した。
ひどい。あまりにもひどい。
アイドルの曲なのに、夢も希望もない。あるのは剥き出しの欲望と、資本主義の現実だけ。
「へ、陛下! これは何ですか!? こんな強欲な歌、私が歌うんですか!?」
「そうだ。今の『お前』だから歌える歌だ」
太郎陛下は立ち上がり、私の目の前に立った。
その目には、冷徹な光が宿っていた。
「いいかリーザ。これが最後通告だ」
「えっ……」
「今週末、SWAT倉庫前で特設ライブをやる。そこでこの曲を歌い、観客を熱狂させろ。……もし失敗したら、あるいは『歌えません』なんて言ったら」
太郎陛下は、静かに宣告した。
「契約解除だ。そして、お前を故郷のシーラン国へ強制送還する」
「――ッ!!??」
強制送還。
その四文字が、私の心臓を握り潰した。
帰る? 海へ?
ダメだ。それだけは絶対にダメだ。
私は母様(女王リヴァイアサン)に、『地上で大成功して、イケメンの王子様と結婚して、世界を征服しましたわ!』と大嘘の手紙を送ってしまったばかりなのだ。
今帰ったら?
『あらリーザ、世界征服はどうしたの? ……え、無一文で追い返された? ププッ!』
母様の嘲笑。姉妹たちの冷ややかな目。
一族の恥晒しとして、一生海溝の底でプランクトンを数える生活……!
「い、嫌ですわぁぁぁッ!! 帰りたくない! 死んでも帰りたくありませんわぁッ!!」
私は半泣きで叫んだ。
太郎陛下はニヤリと笑った。
「だったら歌え。プライドなんて捨てろ。見栄も外聞もかなぐり捨てて、お前の『金が欲しい』『成功したい』という欲望を、マイクに叩きつけろ!」
ドンッ!
机を叩く音が響く。
「化けろ、リーザ。……お前の中に眠る『怪物』を呼び覚ませ」
私は震える手で、歌詞カードを握りしめた。
『LOVE&MONEY』。
このふざけた歌が、私の運命を握る最後の鍵。
「……やりますわ」
私は顔を上げた。
「やってやりますわよ! 歌えばいいんでしょう、金くれソングを!!」
退路は断たれた。
もう、パンの耳をかじって泣いているだけの姫はいない。
ここにあるのは、崖っぷちに立たされた一匹の獣だけだ。




