表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

EP 2

突入! ボロ倉庫の取り調べ室

 その瞬間は、唐突に訪れた。

 私が「空き缶を拾って、また置く」という、環境美化なのかポイ捨てなのか法的にグレーな高等戦術を繰り広げようとした、その時だ。

 ガガガガッ……!

 重苦しい金属音と共に、目の前の錆びついたシャッターが勢いよく巻き上がった。

 来た!

 ついにSWATのお出ましだ!

 私は空き缶を握りしめ、精一杯の「悪のポーズ」を取ろうとした。

「フフフ……ようやくお出出ましか、公権力の――」

 しかし、私の口上が終わるより早く、シャッターの奥から何かが転がってきた。

 黒い、筒状の物体。

 それが私の足元でピタりと止まる。

「……え? 水筒?」

 カッッッ!!!!

 直後、視界が真っ白に染まった。

 閃光弾スタングレネードだ。

 強烈な閃光と、鼓膜をつんざく爆音が、私の三半規管をシェイクする。

「目が! 目がぁぁぁぁッ!?」

突入ゴー! 確保しろ!」

了解ラジャー!」

 ドカドカドカッ!

 視力を失った私の周囲に、複数の足音が殺到する。

 え、ちょっと待って。手錠をかけられて「お前を逮捕する!」って言われるんじゃないの?

 いきなり実力行使!?

「ちょ、タンマ! 私、ただのカツ丼希望者で……!」

 言い訳をする間もなく、私の身体はプロの手つきで地面に押さえつけられた。

 冷たいコンクリートの感触。ねじ上げられる腕。

「容疑者確保! 連行する!」

 薄れゆく意識の中で、私は思った。

 ……公務員、容赦なさすぎですわ……。

 ◇

 ――ポタ、ポタ。

 水滴の落ちる音で、私は目を覚ました。

 頭が重い。鼻の奥に、湿ったカビと鉄錆の匂いがする。

「……ここは?」

 目を開けると、そこは薄暗いコンクリート打ちっぱなしの部屋だった。

 天井から裸電球が一つぶら下がり、頼りない光を投げかけている。

 私は部屋の中央にあるパイプ椅子に座らされていた。手首には手錠(プラスチック製)……ではなく、なぜか結束バンド。

「気がついたか」

 前方の闇から、低い声が響いた。

 パイプ椅子を逆向きに座り、背もたれに腕を乗せて私を見下ろす男。

 タロウ国T-SWAT隊長、鮫島勇護だ。

 逆光で表情は見えないが、タバコの火だけが赤く明滅している。

「ひぃッ……鮫島さん!?」

「ここでは隊長と呼べ。……さて、尋問を始める」

 鮫島隊長は、口から紫煙を長く吐き出した。

 その迫力は、完全に映画で見る「汚職刑事」か「マフィアのボス」のそれだ。

「吐け。誰の差し金だ? ナンバーズか? それとも旧王国の残党か?」

「えっ、あ、あの……」

「この倉庫の前で、石を投げ、反復横跳びをするという高度な挑発行為……。ただの愉快犯じゃねぇな? 目的は何だ」

 鋭い眼光がサングラス越しに突き刺さる。

 怖い。おしっこ漏れそう。

 でも、私には引けない理由がある。

 私は結束バンドで縛られたまま、身を乗り出した。

「も、目的は……たった一つですわ!」

「ほう。言ってみろ」

「カツ丼です!!」

「……あ?」

 鮫島隊長の眉がピクリと動いた。

「カ、カツ丼が出ると聞いたんです! ここに取り調べられると、絶品のカツ丼が食べられると! だから私、必死に悪ぶって……!」

 私は涙ながらに訴えた。

 パンの耳生活の辛さ。雑草の苦さ。そして、豚肉への渇望。

 鮫島隊長は、しばらくポカンとしていたが、やがて深くため息をつき、頭を抱えた。

「……お前、バカだろ」

「バカとはなんですの! 食欲は生きる源ですわ!」

「カツ丼が出るのはドラマの中だけだ。ここは現実リアルだぞ。予算が出るわけねぇだろ」

「そ、そんなぁぁぁッ!!」

 絶望。

 私の作戦は、根本から破綻していたのだ。

 カツ丼がないなら、私はただ、痛い思いをして結束バンドで縛られただけの不審者ではないか。

 その時だった。

 コンコン。

 重厚な鉄扉がノックされた。

「隊長~! お茶淹れましたよ~! あと、コンビニでカツ丼買ってきました~!」

 え?

 カツ丼?

 ガチャリと扉が開き、明るい声と共に二人の人物が入ってきた。

 一人は、SWATのロゴ入りタクティカルベストを着込んだ、兎耳の少女。

 もう一人は、特注の防弾プロテクターで巨体を包んだ、強面の竜人。

「……へ?」

 私は我が目を疑った。

「あら、リーザちゃん起きた? はい、お茶」

「よう、ライバル。……じゃなかった、容疑者」

 そこには、私のルームメイトであるキャルルさんと、テント村の顔馴染みであるイグニスさんが立っていたのだ。

 しかも、二人ともバッチリと制服を着こなしている。

「きゃ、キャルルさん!? イグニスさん!? なんでここに!? しかもその格好……!」

「え? だって私たち、今日からSWAT隊員だもん」

 キャルルさんは、私の前の机に「タローソンのカツ丼(温め済み)」とお茶を置きながら、あっけらかんと言った。

「隊員……?」

「うん! 鮫島隊長にスカウトされたの! 『お前の足なら弾より速い』って! 月給は金貨20枚(20万円)だって!」

「お、俺もだ……。『お前の火力なら壁を抜ける』って言われてな。……もう無職じゃねぇ。公務員だ」

 イグニスさんが、少し照れくさそうに、しかし誇らしげに敬礼をして見せた。

 金貨20枚。

 公務員。

 安定収入。

 その単語が、私の脳内で木霊する。

 私がパンの耳をかじり、五円玉を鼻に詰めて小銭を稼いでいる間に。

 この二人は、しれっと就職して、高給取りになっていたのだ。

「う……うそ……」

「さ、カツ丼食っていいぞ。キャルルの奢りだ」

 鮫島隊長が私の結束バンドをナイフで切った。

 自由になった手。

 目の前には、湯気を立てるカツ丼。

 求めていた夢の食事。

 なのに、なぜだろう。

 ちっとも嬉しくない。

 むしろ、カツ丼の湯気が、私の惨めな涙で霞んで見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ