第二章 カツ丼とアイドル
都市伝説「罪とカツ丼」
太郎国での生活にも慣れ……てはいけないけれど、順応しつつある今日この頃。
私の主食は相変わらず「パンの耳」と「公園の野草」だった。
先日の路上ライブで稼いだお金と、リベラ様との誓約書(掃除刑)のおかげで、マグロ漁船送りだけは回避できた。
けれど、借金返済のために切り詰め生活は続いている。
そんなある日。
いつものように第8区のテント村へ「情報収集(という名の炊き出し待ち)」に行くと、興味深い噂を耳にした。
「なぁ、聞いたか? 第9倉庫の『タロウ・スワット』の話」
「ああ、あの怖い刑事さんがいる所か?」
「そうそう。あそこの取調室で出される『カツ丼』……あれが絶品らしいぞ」
――カツ丼。
その単語が聞こえた瞬間、私の兎耳(つけ耳ではない、心の耳だ)がピーンと反応した。
カツ丼。
それは、白米の上に、甘辛い出汁で煮込んだトンカツと玉ねぎを乗せ、半熟卵でとじた、東洋の神秘的どんぶり飯。
タロウキングのメニューで写真を見たことがある。お値段、金貨1枚(1000円)。今の私には高嶺の花だ。
「……おじ様。その話、詳しく聞かせていただけます?」
私は日向ぼっこをしていた長老ホームレスに詰め寄った。
「お、おう。嬢ちゃんか。……噂じゃ、あの倉庫の強面隊長は、捕まえた犯人に自白させるために、裏ルートで仕入れた最高級のカツ丼を振る舞うらしいんだ。『国の母ちゃんが泣いてるぞ』って言いながらな」
「犯人になれば……食べられるのですか? 無料で?」
「まあ、捕まればな。でもあそこの隊長、目つきが殺人鬼より怖いって評判だぞ? やめとけやめとけ」
長老は手を振って去っていったが、私の心には消えない炎が灯っていた。
恐怖? そんなもので私の食欲が止められると思って?
パンの耳はもう飽きた。雑草も食べ尽くした。
私の身体は今、猛烈に「豚肉」と「卵」と「白米」の三連コンボ(トリニティ)を求めているのよ!
「……決まりましたわ」
私は拳を握りしめた。
捕まればいいのでしょう? そして、カツ丼を食べて、少し怒られて釈放されればいい。
微罪。そう、狙うは「カツ丼執行猶予」付きの微罪逮捕だ!
◇
午後2時。
私は、港の片隅にあるボロボロのトタン倉庫――第9倉庫の前に立っていた。
ここが噂のSWAT本部。
看板も出ていない、ただの廃墟に見えるけれど、ここであの「カツ丼」が待っている。
「ふふふ……今の私は、一国の姫でもアイドルでもありません」
私はパーカーのフードを目深に被り、コンビニ袋から取り出した「変装グッズ」を装着した。
口元を隠す黒いマスク(風邪予防用)。
そして、目元には100均で買ったサングラス(ハート型)。
「……私は、凶悪な不審者『ダーク・リーザ』ですわ!」
完璧だ。どこからどう見ても怪しい。
私は倉庫の正面ゲート(錆びたシャッター)の前に仁王立ちし、監視カメラを探した。
あった。軒下に赤く光るレンズが一つ。
「見てなさい、公権力の犬ども……私の悪逆非道な振る舞いを!」
私はカメラに向かって不敵に笑うと(マスクで見えないけど)、作戦を開始した。
【悪事その1:意味深な独り言】
「ククク……この倉庫を爆破してやろうか……。それとも、世界を恐怖に陥れてやろうか……」
私は精一杯のドスを聞かせた声で呟いた。
ただし、本当に聞かれたら怖いので、半径1メートルにしか届かないウィスパーボイスで。
【悪事その2:公共物への攻撃】
「くらえッ!」
私は足元の小石を拾い上げ、倉庫の壁に向かって投げつけた。
コツン。
小石は軽い音を立てて跳ね返り、私の足元に転がった。
「ハハハ! 見たか! 壁の塗装を1ミリくらい剥がしてやったわ!」
【悪事その3:反復横跳び】
「ここから先へは通さない……残像が見えるほどのスピードでな!」
私はシャッターの前で、シュッシュッと反復横跳びを繰り返した。
これは不審だ。間違いなく職務質問レベルだ。
「ゼェ、ゼェ……どうです? これだけ暴れれば、そろそろSWATが飛び出してくるはず……」
私は息を切らしながら、シャッターが開くのを待った。
カツ丼。カツ丼。
頭の中は、トロトロの卵とサクサクのカツでいっぱいだ。
しかし。
5分経過。10分経過。
シャッターは微動だにしない。海風が私のパーカーを寂しく揺らすだけだ。
「な、なぜですの? まだ悪さが足りないと言うのですか……!?」
私は焦った。
まさか、私の悪のカリスマ性が高すぎて、恐れをなして出てこられないのかしら?
それなら、さらなる悪行を重ねるしかない。
私は道端に落ちていた空き缶を拾い、また置く、という「リサイクル法違反スレスレ(?)」の行為に及ぼうと構えた。
◇
一方その頃。倉庫内部――SWAT作戦司令室。
薄暗い部屋には、最新鋭のモニターと通信機器が並んでいた。
その中央、みかん箱で作った即席のデスクに足を投げ出し、モニターを眺める男が一人。
T-SWAT隊長、鮫島勇護だ。
彼は淹れたてのブラックコーヒーを啜り、呆れ果てた目で画面の中の少女を見ていた。
「……何やってんだ、あいつ」
モニターには、ハート型のサングラスをかけた不審者が、一人で壁に石を投げ、反復横跳びをしているシュールな映像が映し出されている。
「リベラのところの店子か。……暇なのか? それとも新しいダンスの練習か?」
鮫島はガリリとコーヒーキャンディを噛み砕いた。
彼の背後では、新入隊員たちが銃の手入れをしている音がする。
「隊長ー、何かあったんですかー? モニター見てニヤニヤして」
「侵入者なら、俺が消し炭にしてきますけど」
能天気な声と、ドスの効いた声。
鮫島はため息をつき、インカムのマイクスイッチを入れた。
「……総員、配置につけ。表に『極めて危険な(頭の悪そうな)』不審者がいる」
鮫島はニヤリと笑った。
「丁度いい。新入りの訓練台になってもらうか。……確保準備」
外で空き缶を持ったままポーズを決めている私が、そんな会話など露知らず、「遅いですわねぇ……」と呑気に呟いている間に、運命の扉は静かに開こうとしていた。




