EP 1
事務所閉鎖とシェアハウスの救世主
「あー、リーザ。悪いんだけど、今日で事務所閉鎖な」
その宣告は、あまりにも唐突だった。
太郎国の王都、第3区にある雑居ビルの一室。壁には『太郎芸能プロダクション(仮)』と書かれた半紙がガムテープで貼られている。
目の前でカップラーメン(豚骨味)をすすっているのは、この国の王様にして、私――海中国家シーランの姫、リザ・フォン・シーランをスカウトしたプロデューサー、太郎だ。
「……は? へ、陛下? 今、なんと仰いましたか?」
「だから閉鎖。クローズ。倒産」
「と、倒産んですかぁぁぁッ!?」
私は絶叫した。
人魚から人間の姿になる魔法薬を飲み、はるばる海から陸へ上がってきて一週間。
『君にはアイドルの才能がある! 世界を歌で征服しよう!』
そんな太郎の甘い言葉に乗せられ、親善大使の公務そっちのけでダンスレッスン(盆踊り)やボイストレーニング(腹式呼吸でポンポコ腹太鼓)に励んできたというのに。
「ど、どうしてですか! 私、これからデビューライブでドームを満員にする予定でしたよね!?」
「いやー、実はさ」
太郎はズルルッ、と麺を吸い込み、割り箸を置いた。
「嫁に小遣い減らされちゃってさ。今月の運営費、ゼロ円になっちゃった」
「小遣いぃぃッ!?」
「てなわけで、解散! 俺、この後サウナ行くから」
王様はジャージのポケットに手を突っ込み、ひらひらと手を振って部屋を出て行ってしまった。
残されたのは、私と、パイプ椅子と、みかん箱が一つ。
「……う、嘘でしょ?」
私は呆然と立ち尽くす。
故郷の母様(女王リヴァイアサン)には、『お母様! 私、地上で大成功してスターになりました!』なんて見栄を張った手紙を送ってしまったばかりだ。
今さら「無職になりました」なんて言えるわけがない。
それに、もっと重大な問題があった。
「や、家賃……」
太郎が用意してくれた、ここ第3区にある高級マンション『メゾン・ド・キャロット』。
4LDKの広々とした間取り。オートロックにシステムキッチン、魔導式ウォシュレット完備。
夢のような物件だが、事務所が閉鎖された今、その家賃支払い義務は契約者である私に降りかかる。
その額、月々金貨3枚(3万円)。
私は恐る恐る、自分のガマ口財布を開いた。
中に入っていたのは、銅貨が数枚と、昨日パチンコ屋で拾った銀玉が2つ。
「……詰んだ」
姫としてのプライドも、アイドルの夢も、現実という波にさらわれていく。
来月末の支払い日までに金貨3枚を用意できなければ、この国の法律(という名の大家リベラ様の笑顔)によって、私は北の海へマグロ漁船に乗せられるのだ。
その時だった。
ピンポーン♪
玄関の魔導チャイムが鳴り響いた。
ビクッとして私が固まっていると、ガチャリとドアが開き、元気な声が飛び込んでくる。
「こんにちはー! 今日から入居することになったキャルルだよー!」
「……ごきげんよう。世界樹の森から参りました、ルナ・シンフォニアですわ」
現れたのは、対照的な二人の少女だった。
一人は、パーカーにショートパンツというラフな格好の獣人の女の子。頭の上の長い兎耳がピョコピョコ動いている。でも、なぜか足元だけはゴツい鉄芯入りの安全靴を履いていた。
もう一人は、歩くたびにキラキラと謎の光の粒子を撒き散らす、見るからに高貴なエルフの令嬢。
「え、あ、あの……?」
「あ、君が先に住んでるリーザちゃんだね! 大家のリベラさんから聞いてるよ! 今日からルームシェアよろしくね!」
兎耳の少女――キャルルが私の手を握ってブンブンと振る。
続いてエルフの少女――ルナがおっとりと微笑んだ。
「お部屋が余っていると伺いましたので。ふふ、地上の生活は初めてなので楽しみですわ」
ルームシェア。
その言葉が、私の脳内で黄金色に輝いた。
(そ、そうか! この広い4LDK、私一人じゃ払えないけど、三人で住めば家賃は折半……!)
金貨3枚を3人で割れば、一人金貨1枚(1万円)。
……いや待って。それでも今の私(所持金:数百円)には払えないわ。
でも、マグロ漁船の危機は回避できるかもしれない。それに、この二人を見る限り――。
キャルルという子は、身なりこそユニクロっぽいけど、冒険者特有の覇気がある。きっと稼ぎ頭だ。
ルナという子は、全身から溢れ出る「実家が太い」オーラが隠せていない。
(……勝った。この二人を逃してなるものですか!)
私は姫としての(今は地下アイドルとしての)演技スイッチをバチンと入れた。
「よ、ようこそ! お待ちしておりましたわ! 私がこの部屋の主、トップアイドルのリーザです!」
私は精一杯のドヤ顔で、震える足をスカートで隠しながらポーズを決めた。
「アイドル? へぇー、すごい! 私、歌とか詳しくないけど応援するね!」
「まあ、素敵。では毎日歌が聴けるのですわね」
二人は純粋な目で私を見てくる。
ああ、心が痛い。
私の今日の夕食が、パン屋の裏でもらった「パンの耳」だなんて、口が裂けても言えない。
「そ、それで家賃のことなんだけど……」
「ん? ああ、リベラさんにはもう今月分払っておいたよ! ルナちゃんの分も立て替えてあるし」
「まあ、ありがとうございますキャルルさん。後で宝石でお返ししますわ」
「宝石はいらないから現ナマで頼むね」
……会話の次元が違う。
宝石? 現ナマ? 立て替え?
彼女たちは「持っている側」の住人だ。
私はゴクリと喉を鳴らす。
この最強のルームメイトたちに寄生……いや、共生することで、私の極貧アイドルライフは守られるはずだ。
「さあ、荷解きしましょ! 私、冷蔵庫に人参ジュース入れていい?」
「私はお野菜を生成しますわね。冷蔵庫に入り切るかしら……」
キャルルが重そうなバックパックを軽々と放り投げ、ルナが杖を振ると虚空から新鮮なトマトがドサドサと溢れ出した。
……前途多難な気がする。
でも、私にはもう後がない。
「よ、よろしくお願いします……!」
私は引きつった笑顔で、二人を迎え入れた。
こうして、私の――元人魚姫の、プライドとパンの耳を懸けた、ギリギリのシェアハウス生活が幕を開けたのだった。




