【三人の王子シリーズ】無能王子に婚約破棄されたので実家に帰ろうとしたら、王国のトップ3(全員仕事中毒の変態)に拉致されました。「私の書類を恋人のように撫で回すのはやめてください」
【番外編】「俺にくっついてれば安全だ」脳筋騎士団長と行く下町デートは、物理防御と過保護な餌付けが標準装備。実は気遣いも完璧な「頼れる兄貴分(スパダリ)」に、広い背中で溺愛されています
このお話は、本編『無能王子に婚約破棄されたので実家に帰ろうとしたら、王国のトップ3(全員仕事中毒の変態)に拉致されました。「私の書類を恋人のように撫で回すのはやめてください」今さら復縁?私の承認印がないと予算出ませんよ 』の後のエピソードです。
まだ本編を読まれていない方は、先にそちらをお読みいただくと、より楽しめます!
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休日。
それは、終わりのない書類仕事に追われる社畜――もとい、王宮事務官にとって、命の洗濯をするための神聖な時間だ。
誰にも邪魔されず、自室のベッドの上で二度寝をする。
そんなささやかで至福の計画を立てていた、その時だった。
コンコン、と窓ガラスが叩かれた。
風の音ではない。
明確な意志を持った、しかしガラスを割らないように配慮された、控えめで力強いノックの音だ。
「……おはよう、レイラ。起きているか?」
嫌な予感と共にカーテンを開けると、そこには我が目を疑う光景があった。
女子寮の二階であるはずの私の部屋のバルコニーに、第二王子にして王国騎士団長、テオ殿下がしゃがみ込んでいたのだ。
「テオ殿下……!? 王宮のセキュリティはどうなっているのですか!? ここは二階ですよ」
「正面玄関から入ると、寮監が騒ぐだろ? 手続きだの取次だので、お前の貴重な休日を10分も潰したくなかったんだ」
彼は悪びれもせず、窓枠に手をかけて爽やかに笑った。
朝日を背負ったその姿は、不法侵入者であるにも関わらず、一枚の英雄画のように様になっている。
「着替えてくれ。今日は下町で収穫祭をやっている。美味いものを食いに行こう!」
「……お断りしたら?」
「俺の騎士団の情報網によれば、お前はここ数日、まともな固形物を摂取していないらしいな。昼食はサンドイッチを片手に書類と睨めっこ、夜はスープのみ。……そんな食生活じゃ、身体を壊すぞ」
正論で返されてしまった。
この人は豪快に見えて、部下や周囲の人間のコンディションには目ざとい。
騎士団長として、個々の隊員の健康管理を徹底している彼らしい指摘だった。
「補佐官の健康管理も、王族の仕事だ。……ほら、行くぞ。たまには外の空気を吸わないと、根腐れするぞ」
差し出された大きな手。
私は小さくため息をつきながらも、その手を取ることにした。
◇◆◇
下町は、祭りの熱気に包まれていた。
メインストリートを埋め尽くす色とりどりの屋台、大道芸人の笛の音、香ばしい肉の焼ける匂い。
そして何より、身動きが取れないほどの人、人、人。
小柄な私は、そのエネルギーに圧倒され、油断すると人波に飲み込まれてしまいそうだ。
「……相変わらず、すごい人ですね。迷子になりそうです」
私が少し怯んだその時、テオ殿下がスッと動いた。
彼は私の右側――馬車や荷車が行き交う車道側へと、自然な動作で位置を変えた。
「こっちは荷車の通り道だ。車輪が泥を跳ね上げることもある。お前は内側を歩け」
「あ……ありがとうございます」
さりげないエスコートだった。
彼は私の肩を抱くような過剰な接触はせず、しかし私の腕が届く範囲内という絶妙な距離を保っている。
前方から大柄な酔っ払いが千鳥足で近づいてくると、テオ殿下は無言で半歩前に出て、自身の肩で壁を作った。
酔っ払いは、目の前に現れた巨岩のような男に気づき、慌てて道を避けていく。
「ペースは大丈夫か? 俺の歩幅に合わせなくていいから、ゆっくり景色を楽しめ」
「はい、問題ありません」
彼の足は長い。本気で歩けば、私の小走りでも追いつかないだろう。
だが、今の彼は私の歩調に合わせて、ゆったりと歩を進めている。
見た目はワイルドで「歩く要塞」のようだが、その中身は驚くほど理知的で、優しい。
「……ん? どうした? じっと見て」
「いえ。テオ殿下は、意外と気配りがお上手なのだなと感心しておりました」
「意外ってなぁ……。俺はこれでも騎士団長だぞ?」
彼は苦笑しながら、露店の方へ視線をやった。
「戦場でも街中でも同じだ。周囲の状況を把握し、部下や守るべき相手にとって最適なルートを選ぶ。それができなきゃ、団長なんて務まらんって話さ」
さらりと言ってのける姿に、私は少しだけ胸が高鳴るのを感じた。
ただ力が強いだけではない。
この人は、視野が広いのだ。
◇◆◇
広場の一角で、人だかりができていた。
テオ殿下が足を止める。
「レイラ、あれを見ろ」
彼が指差したのは、射的の屋台だった。
祭りの定番だが、ここの屋台は少し難易度が高そうだ。的が遠く、しかも風車のように回転している。
「面白そうだな。やってみるか?」
「私が、ですか? 運動神経には自信がありませんが……」
「コツさえ掴めば簡単だ。ほら」
テオ殿下は屋台の主人に銀貨を渡し、コルク銃を私に持たせた。
私は見よう見まねで構えてみるが、銃口がふらふらと定まらない。
「あ、あれ? 意外と重いです」
「脇が甘い。それじゃ反動でブレるぞ」
テオ殿下が私の背後に回り込んだ。
彼の大きな手が、私の手の上から添えられる。
背中に彼の体温を感じて、ドキンと心臓が跳ねた。
「左手は銃身の下を支えろ。右手はグリップをしっかり握る。……そう、そのままだ」
耳元で響く低音。
まるで包み込まれるような体勢だ。
「いいか、レイラ。的を見るな。的の動きと、風の流れを見ろ。あの回転板は三秒で一周する。なら、狙うべきは今の位置じゃない。……ここだ」
彼が私の腕をわずかに修正する。
その指示は的確で、論理的だった。
ただの感覚ではない。彼は物理法則と予測演算で狙いを定めているのだ。
「今だ、撃て」
言われるがままに、私は引き金を引いた。
パンッ。
乾いた音がして、見事に回転する的の一つが弾け飛んだ。
「あ、当たりました!」
「な? 言った通りだろ」
私が振り返ると、彼はニカっと笑って私の頭をポンポンと撫でた。
子供扱いだ。でも、悪い気はしない。
「次は俺の番だな。……欲しいもんあるか? 俺が取ってやる」
「いえ、特に……あ」
私は景品の棚の端にあるものに目を留めた。
ガラス製のインク壺と、良質な羽根ペンのセットだ。
地味だが、実用的で使いやすそうだ。
「……あの、筆記具なら、仕事で助かります」
「あれか。任せとけ。朝飯前だ」
テオ殿下は新しい銃を受け取り、構えに入った。
その瞬間、彼の纏う空気が変わった。
先ほどまでの優しい「指導者」の雰囲気は消え、獲物を見据える「狩人」の目に変わる。
ただの遊びではない。
銃の癖、風向き、的の速度。すべての情報を瞬時に処理し、最適解を導き出す。
その所作には、長年の鍛錬に裏打ちされた知性が宿っていた。
パンッ。
彼が撃ったコルク弾は、吸い込まれるように的に命中した。
それだけではない。
パンッ、パンッ、パンッ!
流れるような連射。
彼は瞬きする間に、インク壺だけでなく、その隣にあった羽根ペン、さらには特等の大きなクッションまでも撃ち落としてしまった。
「お見事!」
屋台の主人が目を丸くする中、テオ殿下は涼しい顔で景品を抱えて戻ってきた。
「ほら。言った通りだろ?」
「ありがとうございます。……ですが、このクッションは?」
渡されたのは、手触りの良い低反発クッションだった。
「お前、ずっと座りっぱなしだろ。腰を痛めないように使え」
「……そこまで考えてくださったのですか」
「一流の仕事を支えるのは身体だからな。道具のメンテナンスも大事だが、使い手のメンテナンスはもっと大事だ」
彼はぶっきらぼうに言ったが、その言葉には確かな温かさがあった。
ただの便利な道具としてではなく、一人の人間として大切にされている。
それが分かって、私はインク壺を抱きしめた。
◇◆◇
その後、私たちは屋台で買った串焼きを食べることにした。
「ほら、食ってみろ。ここの肉は下処理が丁寧で、スパイスの調合も絶妙だ」
彼が差し出したのは、食べやすいサイズにカットされた肉串だった。
私が受け取って食べると、彼は満足そうに頷いた。
「どうだ?」
「美味しいです。とても柔らかくて」
「だろ? 栄養価も高い。お前はもう少し肉をつけた方がいい。……見てて危なっかしいんだよ」
彼は自分の分の巨大な串焼きを上品に食べ進めながら、ぽつりと言った。
「守ってやりたくなる」
テオ殿下、それは、反則です……。
「わ……私は自分の身くらい守れますよ。護身術も習いましたし」
「そういうことじゃない。……まあ、いいさ。俺が守りたいだけだ」
その時。
ふいに背後から、下卑た声がかかった。
「おいおい、姉ちゃん。いい食いっぷりだな」
振り返ると、酒に酔った数人の男たちが立っていた。
祭りの熱気に当てられた、たちの悪い連中だ。
「そのデカい兄ちゃんじゃ退屈だろ? もっと楽しいことしようぜ」
男の一人が、ニヤニヤしながら私の腕に手を伸ばしてきた。
私が身を引こうとした瞬間、テオ殿下がスッと私の前に出た。
彼は男の手を払ったり、怒鳴りつけたりはしなかった。
ただ、静かに男を見下ろしただけだ。
「……楽しい祭りの最中だ。無粋な真似はよせ」
低い声。
だが、そこには絶対的な「強者」の余裕と、王族としての威厳が満ちていた。
琥珀色の瞳が、冷徹に男たちを射抜く。
「な、なんだよお前。やる気か?」
男が虚勢を張って腰のナイフに手をかけようとする。
愚かな行為だ。
テオ殿下はため息交じりに首を振った。
「俺は構わんが……お前たちのためにならんぞ」
「あ?」
「王国法第32条。祭典時における凶器の携行および使用未遂は、即時の拘束と、加重処罰の対象だ。騎士団長としての権限で、俺はお前たちを今すぐ地下牢へ放り込むことができる」
彼は懐から、騎士団長の紋章が入った身分証をチラリと見せた。
「それに、彼女に指一本でも触れてみろ。……法が裁く前に、俺が個人的に『教育』することになるぞ」
後半の声は、氷のように冷たく、そして重かった。
男たちの顔色が、一瞬で青ざめ、やがて土色に変わった。
彼らは本能で悟ったのだ。
目の前の男が、格も、力も、何もかもが次元の違う存在であることを。
「ひ、ひぃぃっ!?」
「こいつやべぇ! 逃げろぉぉ!」
男たちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
テオ殿下は、何事もなかったかのように振り返り、私を見た。
「……悪い! 嫌な思いさせたな、レイラ」
「いえ。……お見事でした」
暴力に訴えることなく、言葉と威厳、そして法知識だけで場を収める。
これこそが、王国騎士団長の器なのだろう。
私は改めて、この人の懐の深さを知った気がした。
◇◆◇
祭りの帰り道。
夕日が沈み、空が茜色に染まり始めていた。
私は一日歩き回った疲れで、足取りが重くなっていた。
気丈に振る舞ってはいたが、石畳のわずかな段差に躓いてしまう。
「っと……」
「レイラ」
転ぶ前に、テオ殿下の腕が私を支えていた。
「……無理するな。足、痛むんだろ? さっきから右足を庇ってたろ」
バレていた。
彼の観察眼からは、何も隠せないようだ。
テオ殿下はため息をつくと、私の前に背を向けてしゃがみ込んだ。
「乗れ」
「え?」
「背負ってやる。ここから王宮までは距離がある。その足じゃ辛いだろ」
「い、いえ! そんな、申し訳ないです! 殿下に荷物持ちをさせるわけには……」
「荷物じゃない。……それに、俺の背中は広いぞ? 乗り心地は保証する!」
彼は肩越しに振り返り、悪戯っぽく笑った。
その笑顔は、かつて私が憧れた物語に出てくる「頼れるお兄さん」そのものだった。
「それとも、みんなが見てる前でお姫様抱っこの方がいいか? 俺はそれでも構わんが」
「……背負ってください」
究極の二択を迫られ、私は観念して彼の背中に身を預けた。
ふわり、と視界が高くなる。
彼の背中は、想像していたよりもずっと広く、そして温かかった。
少しの汗と、爽やかな香水の匂いが私の鼻腔をくすぐる。
鋼のような筋肉に覆われているはずなのに、不思議とゴツゴツした痛みはない。
「……重くないですか?」
「はっ、軽い軽い。羽根ペン一本背負ってるのと変わらないさ」
彼は軽口を叩きながら、ゆっくりと歩き出した。
その揺れが心地よくて、私は自然と彼の首に腕を回した。
「テオ殿下」
「ん?」
「今日は……ありがとうございました。楽しかったです」
「そりゃ良かった。また連れ出してやるよ。お前が書類の山に埋もれて窒息する前にな」
頼もしい言葉。
私は彼の広い背中に額を押し付けた。
この「歩く要塞」であり「頼れるお兄さん」である彼の背中に守られている限り、どんな困難も怖くはない。
そう思えるほどに、彼の体温は優しかった。
王宮に着くまでの間、私は心地よい眠気に誘われながら、その背中に揺られ続けた。
これが、私と、豪快でいて誰よりも気遣いのできる第二王子との、初めてのデートの顛末である。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
現在、本編(番外編含め)連載版の執筆中です。
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