第1話 星姫と呼ばれし少女
ーーもし、ひとりだったなら。
誰も愛さない。
誰にも愛されない。
誰にも期待されない。
本当のひとりだったなら、泣けたのだろうか。
それともーー
また誰かとの繋がりを、求めてしまうだろうか。
「どうして、わかってくれないの……?」
小さな願いは、誰にも届かない。
“星姫”マナ・セレスティア。
星に愛され、星に選ばれた少女。
生まれた瞬間から、
彼女の運命は決められていた。
魔神を倒し、碧き星サフィアスを救うこと。
まるで物語のような運命に、人々は躍動した。
涙を流すことも許されない星で、何を願うのかーー。
◯
青みを帯びた白銀色の髪が、ふわりと揺れた。
青から白へ溶けてゆく瞳には、微かな星が煌めく。
誰もが彼女を見れば、“星姫”だとわかる。
けれど、マナはーー
その姿のせいで、“普通”になれないことを知っていた。
「お母さん、テレビ見ていいかな」
僅かな足音を立てて、階段を降りるマナ。
銀髪紫眼の美人な母、マヒナが優しく答える。
「あら、お勉強はちゃんとしたの?」
「うん。来月にはマーラプアの試験だから」
「えらいわね。じゃあ少しだけどうぞ」
「やった」
微笑みを浮かべるお母さんに、マナは喜んでみせた。
ソファに座り、テレビでアニメを再生する。
星で最も科学技術の栄えた、ラニアケア皇国。
あまり外に出ないマナにとって、
アニメや漫画は、“星姫”を忘れられる場所だった。
あるシーンでテレビを止めると、画面を指さした。
「お母さん、誕生日に星狐のぬいぐるみ欲しいな」
「覚えておくわね。そろそろご飯を作りましょう」
お母さんがキッチンに立って、服の袖をめくる。
細い腕に刻まれた痛々しい傷跡に、マナは一瞬視線を落とす。
あの日、自分の暴走で刻まれてしまった傷。
癒えることはなく、いつまでも傷跡が残っている。
(ごめんなさい、お母さん……)
マナはアニメの画面へ、視線を戻した。
◯
やがて夕食が出来上がり、香りが部屋に満ちる。
「いただきます」
2人で手を合わせて、ご飯を食べる。
この国に「いただきます」という挨拶はない。
星姫に祈りを捧げ、食べ始めるのが本来の作法。
けれど、マナは自分に祈りたくはなかった。
だから今でも、お父さんが教えてくれたこの言葉で、挨拶している。
お母さんがテレビをつけ、7時からのニュースを見る。
しかしアナウンサーの表情は、いつもより堅かった。
「7時になりました。まずは速報です」
画面に映った文字を見て、ふたりは動きを止めた。
「ラニアケア皇宮は、“星の民”を捜索すると発表しました」
「えっ……?」
「マナ、音量上げて」
お母さんが、真剣な表情で言う。
少し震える手で、リモコンを操作した。
アナウンサーは続ける。
「魔神に唯一対抗できるのは、“星姫”様のみであるとーー」
(また、特別扱い……)
大昔の文献に頼った根拠は、曖昧に見える。
それでも、その言葉のひとつひとつが、胸に刺さる。
「星姫様が見つかった場合、皇太子殿下との婚約も視野にーー」
マナは胸が痛むのを感じた。
星の宿る瞳は微かに揺れ、不安が入り混じる。
魔神の討伐ーーその言葉だけで、胸が苦しくなる。
考えると怖くて、なぜ自分なのかと思ってしまう。
だがそれよりも、もっと胸を締め付ける思いがある。
(私は、お母さんたちを巻き込んでいるーー)
お母さんもおばあちゃんも、“星の民”として生まれた。
それだけで、“星姫”と共に生きることを強いられる。
こんな姿と力を持って生まれてしまったがために、お母さんたちを巻き込んでしまう。
いっそのこと、離れた方がいいのではーー。
そう、思うこともある。
それでも、お母さんたちは、マナを見捨てない。
お母さんは少し強張った表情で、箸を机に置く。
「マナ、これからはもう少し、気を付けて過ごしましょうね。そして対策をもっと徹底しましょう」
「……うん。仕方ないね」
少し俯いたマナに、笑いかけるお母さん。
包み込むような優しい声で、言う。
「大丈夫よ、私たちが護るから」
「……ありがとう」
ほんの少し不安が、和らいでいく。
お母さんの言葉は、マナを護る優しさだった。
「ごちそうさま」
夕食を終え、マナは風呂に入る。
湯船に沈めた胸元に、淡い光を反射するものがある。
マナはそれをそっと手のひらの上に乗せた。
それはとっても綺麗なペンダント。
鍵の形で、頂点に星型の宝石が嵌められていて、その両脇に翼の飾りがある。
宝石はマナの瞳と同じ色。
“サフィアス”の名を持つそれは、星の民が受け継ぐ家宝。
それは存在を認めるものであり、逃げ道を塞ぐ鎖でもあった。
マナは小さく、ため息を落とした。
水面が軽く揺れ、そこに映る星の瞳が歪む。
暖かな湯に包まれながらも、心は冷えたまま。
小さな痛みを感じながら、マナは風呂を出た。
風呂を出たら、お母さんに声をかけた。
「お母さん、出たよ~」
「ええ、じゃあ入るわね」
お母さんが風呂に入り、マナはゲーム機を起動する。
マナが大好きなゲーム。
かなり高性能な、オープンワールドRPG。
美麗なムービーと、神がかった物語とBGM。
マナにとっては、大切な宝物だ。
(お父さんが作ったんだから……)
誇らしい反面、少し羨ましくもある。
好きなことを、好きなだけ極められるーー。
マナにとってそれは、憧れにも近いことだった。
隣国に単身赴任しているお父さん。
このゲームをしていると、お父さんが近くにいる気がして、思わず笑みが溢れる。
◯
しばらくして、風呂から上がったお母さんが、タオルで髪を拭きながら言った。
「そろそろお父さんに電話しましょう」
「うん」
マナは薄型の携帯端末を取り出した。
マナはケレポナで、お父さんに電話かける。
ビデオ通話にすると、朗らかな笑顔が映る。
「もしもし、マナ、聞こえるか?」
「聞こえてるよ、お父さん」
茶髪碧眼の優しい父、レオン。
離れて暮らしていても、こうして声を聞けるから、あまり寂しくはない。
マナは少し、子どもらしい声を作った。
「お父さんにさ、相談というか困ってるんだけど」
「なんだ?なんでも言っていいぞ!」
お父さんは、胸に拳をドンと当ててそう言った。
娘の役に立てるのが嬉しいのか、やる気に満ちた表情。
「今日やっていたニュースで困ってるの」
「ニュースか、ラニアケアの?」
「うん。皇宮が“星の民”を捜索することに決めたって」
「……それは、本当か?」
お父さんの表情が、少し強張った。
画面越しだけれど、緊張が伝わってくる。
「うん。もし“星姫”が見つかったら、皇太子の婚約者になるとか言ってた」
「そっか。迷惑この上ないな」
「ほんとだよ。だって……」
皇太子のそばにいること。
それは、ずっと利用されることでもあるだろう。
“星姫”を何に使うのかは、想像に難くないもの。
マナは少し不安げに、つぶやいた。
けれどお父さんは、茶化すように言う。
「でもイケメンだぞ?」
「じゃあ皇太子辞めてアイドルやればいいじゃん」
「役者もいいかもな?」
「じゃあ俳優か!」
「ははは!」
お腹を抱えて、笑い出すお父さん。
いつものくだらないやり取りに、2人は笑う。
重苦しい空気が、ふいに軽くなった。
お父さんはいつも、こうしてマナを笑わせてくれる。
お父さんは優しい声で、歯の見える笑顔で言う。
「マナ、星姫への期待は、マナだけが背負うものじゃない。俺たちも一緒に背負うから、独りで抱え込むなよ」
「……うん」
お父さんの言葉は力強く、優しい。
けれど、“巻き込みたくない”とも少し思ってしまう。
お母さんは横で、優しく微笑む。
「当たり前よ。私が世界一愛しているもの。お父さんよりもね」
「なっ!く、仕方ないか」
「ふふ」
お母さんとお父さんは笑う。
でもマナは密かに、感じ取っていた。
“星姫”の両親ーー
偽りを重ねて暮らさなくてはならない枷でもある。
それでも、笑わなければ、護れない。
「ありがとう。私も大好きだよ。一番が2人いる!」
そんな言葉に、3人の笑い声は重なる。
離れていても、家族の暖かさはちゃんと届く。
だが、最後には必ず、沈黙が漂ってしまう。
互いに、言葉にできない不安を抱えたままーー。
「じゃあゆっくり休めよ。おやすみ、マナ、マヒナ」
「おやすみ、お父さん」
通話が切れ、リビングにまた静かさが広がる。
そっとケレポナを充電器に戻し、立ち上がった。
「おやすみ、お母さん」
「おやすみ、マナ」
マナは自分の部屋の扉を、そっと閉める。
部屋は薄い水色で統一されていて、
ぬいぐるみや小物が並ぶ、可愛らしい部屋。
マナは少しベランダに出た。
月が微かに煌めく夜空を眺めた。
数えきれないほどの星は、街の灯りに隠れていた。
(星姫でなんか、ありたくない……)
贅沢な願いかもしれない。
本当は、心のどこかでわかっている。
“巻き込みたくない”じゃなくてーーもっと利己的。
胸の奥に秘めた、痛みから生まれる小さな願い。
けれどーー
星は霞み、瞳に映らない。
だからこそ、星姫は祈られる。
静かな夜、涙を流し、星姫に救いを求める人ーー。




