第12話 天と地 美少女との出逢い
〜前回のあらすじ〜
星誕日を祝うマナたち一家を、サフィールが訪れる。
彼の説明によると、星森へ行くとのこと。
そこにいるのは、長い時を生きる星獣。
マナは胸の高鳴りを、感じていた。
4月30日。
午後の陽がやわらかく差し込み、カーテン越しに淡い光が揺れていた。
マナは机の上のノートを閉じ、ペンを置いた。
ケレポナで設定した、アラームが鳴る。
(もうこんな時間か・・・)
時計の針は、午後2時45分を指している。
サフィールの迎えは3時ごろらしい。
午前中はゲームをして、午後は勉強しながら待っていた。
ゲームは、ここといった時に止めるのが難しいから。
階段を降りて、洗面所の鏡の前に立つ。
星を模した形の髪飾りを、そっと付けた。
そしてリビングで、鞄の中身を整理する。
必要なものは特にないが、飲み物や財布などを入れておく。
家の外で、車の音が聞こえた。
家のインターホンが鳴り、マナは少し肩を跳ねさせる。
「あ、来た。行ってきます、お母さん」
「あら、行ってらっしゃい、マナ。迷惑をおかけしないようにね」
「うん」
そして深呼吸して、ドアを開けた。
黒塗りの車と、その横に立つ、皇子と護衛。
皇子ことサフィールは、まるで執事のような口調で、マナに声をかけた。
「お迎えに上がりました、セレスティア嬢」
頭を下げるサフィールと、合わせるノエル。
マナは少し、この皇子にも慣れてきた。
わざとノエルに声をかける。
「・・・ご苦労様です、ノエルさん」
「あれ、僕には?」
「ありがとうございます、殿下」
「む〜。セレスティアさんも、割と頑固ですね」
「殿下は茶目っ気が過ぎますね」
「口も達者で、まぁいいです。さ、行きましょう」
ノエルに案内され、車に乗る。
片道1時間、高速道路も使って、星森を目指した。
◯
しばらく進み、星森の手前に到着した。
一歩、また一歩と森へ足を進めていく。
街とは違う、美しい森の空気。
一息吸うだけで、胸が澄んでいくような気がする。
(ーー不思議。まるで家の中みたいに安心できる)
まるで森全体が生きているかのよう。
風が吹けば、葉がさざめく。
遠くで鳥の声がしては、すぐ消えてゆく。
隣でサフィールの声が、静かに響いた。
「ここには、1000年生きる星獣、ヴァルディアがいます。かなり昔の大国、スカペルセ皇国の時代からここにいるそうです」
たまに小さな星の光が瞬いては、ふっと消える。
マナの目には、その光が見えた。
まるで「星姫」を歓迎しているかのようだ。
星森の雰囲気はまるで、包み込まれるかのように暖かい。
思わず安心して、気が緩んでしまいそうだ。
やがて、開けた場所に出た。
陽光が円を描くように地面を照らし、優しい光に照らされた星染花が咲き誇る。
その中央に、大きな存在が横たわっていた。
星獣ヴァルディアーー。
全身を若葉のような青緑色の毛並みが覆い、身体からは微かな星の光が漏れ出ている。
まるで宝石のような、巨大な鹿の角を掲げている。
「ヴァルディア様・・・」
サフィールが静かに、名を呼んだ。
ヴァルディアのまぶたが、ゆっくりと開く。
その深い蒼の瞳には、小さな星空が揺れていた。
ヴァルディアの視線が、マナの方へ向く。
そして、少しその目を細めた。
まるで笑みのような、優しい眼差し。
何かを思い出すかのように、まぶたを閉じる。
そして軽く、柔らかな尾を揺らした。
「ヴァルディア様。少し、お話しをしたいです」
ヴァルディアは、サフィールに目を向ける。
話を聞くと、言っているかのようだ。
サフィールはゆっくり話し始めた。
「まずは、近況の報告から始めますね」
サフィールは慣れた口調で、報告をした。
時間が経つにつれ、だんだんとヴァルディアの周りに動物が集まって来る。
小さな小鳥から、大きな鹿まで。
皆、静かにヴァルディアのそばで、耳を傾ける。
そして最後に、優しく語りかける。
「ヴァルディア様、我らラニアケア皇族は、あなたとの友好を誓っております。これからもどうぞ、共に我が国をお護りください」
ヴァルディアは、ゆっくりと頷いた。
サフィールはほっとしたような表情をし、マナの方を見た。
「セレスティアさん、これからは森自体の状況を確認します。貴女は自由に歩いて大丈夫ですよ」
「はい。どこ行こうかな・・・」
「ふふ、迷子にならないように、気をつけてくださいね」
「なりませんって。たぶん」
サフィールは森の奥へ進み始めた。
マナもどこへ行こうか迷う。
その時、背を何かに突かれた。
「ん・・・?」
それは、星獣ヴァルディアだった。
ヴァルディアは、鼻先でどこかを指し示す。
そこへ行ってほしいようだ。
「・・・わかった、行ってみるね」
その方向からは、優しい星の光が見えた。
ヴァルディアは軽く頭を下げた後、また目を瞑った。
その時、頭の中に小さく声が響いた。
「護ってあげてーー」
マナはその声に、頷いた。
そして、森の中を進み始める。
風がさざめき、木々が揺れる。
鳥達が、マナを歓迎するかのように、周りで歌う。
すると一匹の鹿が、マナの前に出た。
ついて来て、とでも言うかのように、先導する。
(どうしたんだろう?)
マナは鹿に案内され、森の奥へと足を踏み込む。
草の香りと、小さな星光の煌めき。
眠ってしまいそうな、穏やかな陽気。
けれど少し進むと、その陽気は消えた。
一歩踏み込んだ瞬間、空気がわずかに震えた。
風が止み、森のざわめきがふっと吸い込まれるように消える。
木々の隙間で星の光がふわりと舞い上がり、マナを誘導するように、宙へ舞い上がる。
マナは、それを追って顔を上げた。
目に映ったのは、木の上で眠る少女。
その子の周りだけ、星の光が柔らかく漂っている。
木の葉が彼女を包むように、覆っている。
その時、マナのペンダントが、小さく点滅した。
まるで、その子に声をかけようとしているかのよう。
マナは思い切って、言葉を投げかけた。
「あの〜」
女の子の真っ白な肌が、少し動く。
そして、軽く伸びをした。
木の上に座り、マナを見下ろす。
(なんて、綺麗なーー)
マナは思わず、息を呑んだ。
胸が少し、きゅっと熱くなる気がした。
驚くかのような表情をするその子は、とても可愛らしい美少女だった。
外側が青みがかった白銀色、内側が青緑色の髪。
髪には、青い星と翼の髪飾りをつけている。
そして、青から緑へ変わるグラデーションの瞳。
まるで天と地を表すかのような瞳に、目を奪われた。
「キミ、誰?」
その子の言葉に、マナはハッと我に返る。
透き通るような、どこまでも響く、美しい声。
マナは答えた。
「私は、マナ・セレスティア。貴女は誰?」
その言葉を聞いたその子は、少し嬉しそうな、悲しそうな顔をした。
彼女は宙を舞う羽のように、ふわりと地面に降りた。
その足先が地面についた瞬間、星の光が弾けた。
まるで重力を感じさせない、柔らかな着地。
髪が風に靡いて、小さく揺れる。
その子は、口を開いた。
「キミ、星姫でしょ」
マナは咄嗟に、髪飾りに触れる。
外れていない。本当の姿は見えないはず。
それなのに、一目で見抜かれた。
「どうしてわかったの?貴女の、お名前は?」
その子は小さく笑い、可愛い声で、答えた。
「ボクは、セフィリア。キミ達でいう、龍姫だよ」
「龍姫・・・?」
マナは耳を疑った。
龍姫ーーそれはラニアケアに伝わる、伝説の存在。
かつて、スカペルセ皇国を襲った災害「ハウナエレ」から国を護った、龍の天使。
(ただの伝説だと思ってたのに、本当にあったの?)
目の前の美少女、セフィリアは嘘をついているようには見えない。
むしろ、その雰囲気からは真実味を感じる。
マナは、言葉を紡いだ。
「貴女はどうしてここにいるの?」
「ボク、キミの家に行きたいな」
「私の家に?」
「うん。ボクはずっと、キミに会いたかったんだ」
その子は答えた。
寂しそうなその表情に、思わず手を差し伸べたくなった。
マナは返事に迷った。
森の気配は優しく、その子の瞳には嘘も偽りもない。
けれど連れて帰るとなると、責任が伴う。
ーーそれでも『護ってあげて』という言葉が、頭を離れなかった。
マナは一歩、前に出た。
そして振り返って、手を差し出す。
「わかった、私の家に案内するよ」
「ーーマナ、ありがとう」
セフィリアは、少し手を震えさせていた。
名を呼ぶことを、躊躇うかのように。
マナは笑顔で答えた。
「うん、よろしくね、セフィリア」
名を呼ばれた瞬間、セフィリアの瞳が小さく震える。
透き通る瞳が、まるで水面のように揺れていた。
長い間失っていた暖かさを、取り戻したかのように。
小さく、けれど嬉しそうに、微笑んだ。
マナはセフィリアを連れて、星獣ヴァルディアの元へ戻る。
ヴァルディアは、マナとセフィリアを見て、目を細めた。
まるで安心して、笑うかのように。
そこにはすでに、サフィール達もいた。
「・・・お帰りなさい、セレスティアさん。その子はどなたですか?」
周りの護衛達は、セフィリアに見惚れている。
マナはサフィールに紹介する。
「この子はセフィリアです。どうやら1人のようなので私の家に招待しようと思いました」
「見ず知らずの子を家に?大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。私は強いですし」
「ふふっ。まぁ貴女なら大丈夫でしょう。でも、何があったらすぐ、僕に言ってくださいね」
「はい」
皇子としての「責任」を感じているーーそれがわかる言葉だった。
サフィールは笑った後、セフィリアに声をかける。
「初めまして、セフィリアさん。僕はラニアケア皇国皇太子サフィール・レヴァ・ラニアケアです」
「初めまして、ボクはセフィリア。よろしく、殿下」
「・・・よろしくお願いします」
セフィリアは動じずに返事した。
まるで皇族の相手に慣れているかのよう。
サフィールは笑顔で言う。
「そろそろ帰りましょう。家まで送りますよ」
「ありがとうございます。セフィリア、行こう」
「うん」
本当は心配しているだろうに、マナの気持ちを優先して、受け入れてくれるサフィール。
(完璧なだけじゃなく、優しいなんて・・・)
マナは少し、胸の拍が早まるのを感じた。
サフィールはヴァルディアに挨拶をする。
「星獣ヴァルディア様。また、次の視察の時にお会いしましょう。ありがとうございました」
ヴァルディアは軽く頷く。
サフィールはヴァルディアに背を向け、歩き始めた。
マナ達も、サフィールを追う。
星森の入り口に着いた時、マナはふと視線を感じた。
優しく、暖かい眼差し。
セフィリアも同時に振り向いた。
星の光が、柔らかく弾け、2人を見送っているかのように感じた。
マナとセフィリアは、星森に向けて軽く手を振った。
「マナ、一緒に行こう」
「うん、セフィリア」
弾けた星の光が、2人を優しく照らした。
今回は星誕日について書きます。
星誕日、星姫マナの誕生を祝う日。
サフィアスで最も、特別な日。
普通の人は、星を模した飾りをつけ、祝います。
星型のクッキー、ケーキなどを焼きます。
そして夜、星への願いを祈るのです。
家族とただ静かに過ごす人もいれば、
何かを失い、悲しむ人もいます。
誰もが幸せではない、普通の日です。
祈る人も、祈らない人もーー。
そんな日に、セフィリアは何を想い、どんな1日を過ごしていたのか。
それをマナが知ることは、ないはずでした。
星獣によって導かれた、出逢いがなければーー。
「明日も、いつまでも、幸せでありますように」




