第7話リアの裏の心 ― 天使との対話
兄の手は、まだ温かい。
その体温を確かめるたびに、私は泣きそうになるのを必死にこらえていた。
(……もし、この温もりまで消えてしまったら)
想像するだけで、胸の奥が裂けそうになる。
けれど、耳を澄ませても、聞こえない。
いつもなら暴れてでも顔を出す、あの声――ノクの声が。
(ノクが、本当に消えたなら……兄は、どうなるの?)
心の奥に、低く優しい声が響いた。
「……怖いのか、リア」
「……あたりまえでしょ。兄からノクがいなくなったら……きっと、兄は……」
「壊れる、と思ってるんだな」
「……っ」
図星を刺されて、唇を噛む。
私は心の中でさえ、認めたくなかった言葉を、天使は静かに告げた。
「君の中にも力がある。僕を使えば、兄を守れるかもしれない」
「でも……! もし私まで暴走したら……」
「それでも、兄を失うよりはいいんじゃないのか?」
優しい声なのに、残酷な選択を突きつけてくる。
私は答えられず、黙り込んだ。
食卓で笑ったのは、泣き出さないための精一杯の強がりだった。
「骨が多い」と文句を言って、クレアナをからかって。
でも胸の奥では、不安が渦巻いていた。
両親が帰ってくると聞いたときもそうだ。
心から嬉しいのに、同時に兄が“魔王の子”と呼ばれる未来が怖くて仕方なかった。
「……私、どうすればいいの?」
小さな声で、心の中に問いかける。
天使の少年は、少し間を置いて答えた。
「泣かなくていい。笑わなくてもいい。ただ、隣にいてやれ。……それだけで、兄は壊れない」
「……ほんとに?」
「ああ。君の強がりだって、彼には届いてる」
私は兄の手を握り直した。
たとえ強がりでも、泣きそうでも。
この温もりを守るためなら、私は何度でも笑ってみせる。
「……ありがとう。もう少しだけ、私を支えててね」
「もちろん。僕は君の中にいる。いつだって、君の選択を見守る」
兄の寝顔を見つめながら、私は深く息を吸った。
たとえノクがいなくても――私がここにいる限り、兄は一人じゃない。