〈3〉 《少女の目覚め》
「いったいなに?私、寝間着だし、それに、なに?この騒ぎは」
少女は辺りの凄惨さに動揺する。が、すぐに持ち直して、状況を冷静に分析する。
「ふーむ。人間の村が魔物の襲撃にあっている、でいいの?それなら」
彼女は武器も持たずに、魔物のもとへと走り出した。
「ひぃ、降参するぅ...」
「魔物に言葉は通じないわよっ」
彼女は、巨大なトロルの肩に手刀を入れる。
ギギギギ…
その瞬間、トロルの巨躯が紙切れのように両断された。
「助かったよ嬢ちゃん。ってあんたは!」
「なに?」
助けた傭兵の次の言葉も待たずに、魔物の群れに突っ込む少女。
「流石に多い」
「ぜぇ...ぜぇ...百体なんてとっくに屠っているだろう。これは異常すぎる」
「傭兵隊長!撤退の命を!」
「だめだ!ここで引いたら、逃げ遅れる村人が出てくる!」
「…すみません隊長!私はこの隊を抜けさせていただきます!お世話になりました!」
魔物を抑える手が一人減ったことで、隊はさらに劣勢になる。
「嫌われてるんですかっ」
それを見かねて、少女も加勢に入った。
「君は...あはは、奴の正直な所は、補佐として素質はあったんだがねっ」
状況がさらに酷くなる中でも、笑顔を崩さない傭兵隊長。
少女はそんな男の顔を一瞥して、攻防に集中した。
「…君も逃げなさい」
「死にたいの?」
「君には、この村の人たちを守ってもらいたいんだ」
「...」
「おいしいんだよな、ここの野菜。行く当てもない俺を、この村人と食べ物が暖かく包んでくれた。ああ、最期にもう一度、食べたかったなあ」
「...分かった」
少女は下を向いて少し思案し、その頼みに応えた。
「あいつによろしく言っておいてくれよ」
「?」
あいつってどいつ。
少女が前線を退くと、一気に魔物が押し寄せ、傭兵たちが蹂躙されていった。
彼女が目覚めた場所まで戻ると、先ほど両断した巨大なゴブリンが蒸発し始めていた。
「ん?人?」
その腕の先に見えたのは、自分と同じくらいの青年だった。
「息はしているみたい。さっきは気づかなかった。この人も村人、なのよね」
彼女はそういうと、青年を担いで、村の外へ出た。
「こっちだ!早く、この結界の中へ!」
彼女は一人の村人に呼びかけられ、避難場所に案内された。
「「「ああ、太陽神様。我らを、どうかお許しください」」」
「「「その御手で、悪しき邪神の民から、か弱き我らをお救いください」」」
少し、異常すぎじゃない?
村人たちの祈りが、信心のない少女の目には、狂気の沙汰に映った。
「んん...ルネ...」
「!?あなたが私を呼んだの?」
────
辺りが大勢の祈りの声で埋め尽くされる。
俺はその騒音で目が覚める。目を開ける前に、全身の痛み俺の精神を蝕む。
馴染みのある感触、馴染みのある匂い、馴染みのある声。それが痛みを少しでも軽減してくれている気がした。
目を開けると、どうやら俺は幼馴染におぶってもらっているらしい。
良かった、目が覚めたんだな。
「んん...ルネ...」
「!?あなたが私を呼んだの?」
「ああ、そうだよ。ルネ」
「悪いけど、私はあなたに覚えはないわ」
ルネはきょとんとした表情で、俺を下す。
「ああ、ありがとう。戻ってきてくれて、生きててくれて...!」
「なんで泣くの?子供みたい」
俺と過ごした記憶を、全て消去された彼女は、やはり、優しい彼女のままではなくなっていた。それでも...
「それでも、すごい嬉しい!」
俺は彼女に思いっきりハグをした。
「どうしたの?これがしたいの?」
幼馴染のルネなら、ハグですごい動揺していたのに。ああ、この子はもう、”幼馴染”ではないんだな。
「ごめん、何でもない...」
「そう」
「とにかく、ここから出よう、ルネ」
「ここは安全ではないの?」
「今はそうだが、ここはキューレ高山、禁足地だ」
「…分かった。あなたと二人で?」
「そうなる」
確かに、この村人たちに助けられたし、恩もたくさんある。でも、イリカ村の民がこうなってしまったら、誰も手を付けれないことを知っている。自然と共に生きる彼らは、自然崇拝を重んじる。その信仰心は狂気と思えるほどに。
俺たちが生き残るための最も合理的な判断。正義感の強い幼馴染でも、きっとこうしたはずだ。
「くっ...!傷口が広がる前に急ごう」
あばらが折れ、痛む脇腹を押さえ、ルネの背中を促した。
「あなたがもしかして、”あいつ”?」
下山途中、俺に手を引かれたルネが、怪訝な顔で訪ねてきた。
「あいつ?」
「あの、ちょっと背の大きい人」
「傭兵隊長か、そうか。村のみんなを守ったんだな」
「…?」
俺が振り向くとキョトンとするルネを見る。
「進路を変える」
俺はそう言って進路を翻し、キューレ高山の南東にある草原へ向かう。
「...」
「この先に、一つ気になるものがあるんだ」
「分かった」
終始ローテンションな彼女を連れて、草原に佇む、小さな小屋の前まで来た。
なぜこの小屋が気になるのかといえば、まずこんなに開けた草原のど真ん中で、生活できることが異常だからだ。
この世界は常に生活の中に、魔物の脅威を感じて生きていかなければない。つまり、ここに住んでいるのは、只者でない可能性が高い。
さらに気になるのは、
「すみませーん、誰か居ませんか?」
「はいよー、ん?誰だあんたたち」
この金髪の男。この前、魚を捕りに少し海に出たとき、沖からこの家が見えた。その時に、この男が”異能”を使っているところを目撃した。この男の能力なら、使えると思ったのだ。
「時間がない。何も言わず、協力してくれないか?」
「その形相...緊急事態なのは本当みたいだな。ってありゃなんだ?」
男はキューレ高山の方を見て驚いて見せる。
「なるほどな...ヴィル!ちょっと出かけるぞ!」
特に説明もなしに男は状況を理解したらしい。やっぱり、只者じゃない。
男に呼ばれ、地下に続く階段から姿を現したのは、背の高いスラっとした黒髪の女性だった。
「自己紹介はあとだな、とりあえず案内してくれ」
「ああ」
俺とルネに二人加わり、四人で村人が祈りを捧げている場所まで、登山した。
協力してくれた二人は、金髪の男の方がマックス、黒髪の女性の方はヴィルという名らしい。二人は妙に体が鍛え上げられており、登山中は息一つ切らしていなかった。
「「「ああ、熱い!!!太陽神様!太陽神様ぁ!!!」」」
避難所に着いた時、彼らの祈りは体を蝕んでも続いていた。
「ちっ、もう結構”干渉”が進むんでんな、ヴィルお願いできるか!」
「任せてくれ」
ヴィルは凛々しく返事をすると、少し高所で舞い始めた。いや、舞いというより、あれは、
「大気が!」
舞っているヴィルを中心に、周囲の大気がコントロールされ、無風状態となる。
「なんか肌寒い」
寝間着のまま寒がっているルネに、俺の着けていたローブをかけてあげた。
「...?ありがとう」
「ああ...何が起こるんだろうな」
俺たちは肩を寄せ合い、急激に低下する気温に耐えながら、二人の能力を見守っていた。意外とスキンシップはさせてくれるんだな、無表情だけど。
「ありがとう、ヴィル!さぁて、俺の出番だな!」
マックスは勢いよく叫ぶと、両手を地面に着けて、こう唱えた。
「テレポート!」