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〈1〉        《もう一つの村》

 

 あれからどのくらいの時間が経っただろう。三か月くらいだろうか。

季節は実りの奇跡をもたらし、冬季に向けて、村人たちはあくせく体を動かす。


「ほんと助かるよぉ!あんたが来てから、木の実の収穫量が倍以上になったって聞いて。俺の目に狂いはなかったな!」

「あはは、俺にできそうなことがあったら、また言ってください」


 俺は、洞窟を抜けだした記憶が曖昧だが、気づいたらこの《イリカ村》の人に拾われていた。恩返しも兼ねて、今は農作業を手伝っている。


「ラントくーん!うちの野菜、やっぱり元気ないみたーい!」

「今行きまーす!」


「がんばれよ!この人気者!」


 気のいい村人の畑を抜け、小高い丘の上にある家に走る。

豪華なつくりではないものの、この村の中では上等なその家の前には、丘の斜面に沿って棚田が広がっている。


「奥さん、どれですか?」

「この人参よ、お願いできる?」

「これ、今の時期に育つような奴じゃないですよ...まあやってみます」


俺はその紫色の人参に、意識を集中させる。


すると、その人参は周りの土や野菜をも跳ね除け、みるみる成長していく。


「わあ!おっきい!さすがラント君だわ!」


その人参は予想以上に大きく成長したため、土から出てしまった。それを奥さんに渡し、植える時期をしっかり調べてと忠告した。


「奥さん...いいですか?」

「ん?あ!どうぞ!好きに入って!あなたの家でもあるんだから!」


そう言って、奥さんは俺を家の中に招き入れた。

奥さんの家の中に入った俺は、詮索するでもなく、ある部屋に向かって歩き出した。


「ルネ...ただいま」


 ベットの上で眠ったままの少女に、聞こえもしていないだろう言葉をかける。

ルネ、俺の幼馴染だった、笑顔がかわいい小柄な少女。どんな時でも冷静で、力強くて頼もしい、世界でたった一人の。

 シャーマンと契約した後、それっきり目を覚まさない彼女は、俺が居候するこの村の村長の家の一室で、植物状態と化していた。


「起きて、一緒にヘイカ村に帰ろう...返事してくれなきゃ、君がまだルネなのかわからないよ...」


 記憶消去、本では見たことあるが、本当に実在していた異能だとは。

本には「記憶が消えれば、その者の人格は不可逆なものになる」と記されていた。

 

 もしかしたら、ルネは記憶だけではなく、その性格までも変わってしまうかもしれない。ルネが記憶を取り戻したとしても、性格までも戻るわけではない。記憶を取り戻した後のルネは、本当にルネなんだろうか。


「そんなの、死んだことと何が違うんだ」


そんなことを思うと、涙が溢れ出してきた。


 ここ数日、村人と関わって自分を慰めても、ルネを見ると後悔に押しつぶされて、卑屈になってしまう。


仕方ない、平和を壊したのは自分なんだから。


もう離れない。この罪は一生をかけて償っていこう。



 


それからさらに数日


「ゴブリンの大群!?それは本当なのか?」

「はい、今朝の水汲みの番の者が、河原で大量のゴブリンの足跡を発見したらしく。私もこの目で見ましたが、百はくだらないかと。どうしましょう、傭兵隊長」

「ゴブリンが百匹...最弱の魔物とは言え、我が隊が捌き切れるかは別だろう。悔しいが、村長に伝達し、村人達を即刻避難させるべきだ!」

「了解しました!」



 なんだか村の傭兵たちが騒がしいな。ゴブリンが百匹か。見たことはあるけど、あんな屈強な傭兵たちが手こずるほどの魔物だっけ?


「ゴブリンが百匹!?」

「ごぶりん?パパ、この村どうなっちゃうの?」


「今すぐ逃げるべきだ!」

「逃げるったってどこに!それに、お前はこの村を捨てるのか?」


「傭兵がまた何とかしてくれるっしょ」

「そうだ!そうだ!傭兵は一体何をやっている!」


驚嘆する者、避難する者、当たり散らす者。畑の野菜のように規則正しかった村人達が、一気に混沌の渦を作り出す。


「皆さん!今すぐ村から避難してください!場所は、あのキューレ高山です!食料は私たちが運びます!」


少し抜けているところがある奥さんだが、流石は村長の奥さんだ。村長が不在の中でも、その威厳は村長の器たりうる。


「あそこは、我らが太陽神が住まう場所ですよ!?お許しは?代償は誰が払うんでしょう?」


「…私が払います!さあ、時間がありません!」


──きゃーーーー!!!


遠くから聞こえる悲鳴。その声の方向に傭兵たちは走り出した。


「に、逃げろおおお!ゴブリンだあああ!!!」


事態を理解したのか、逃げあぐねていた村人たちも、一斉に山の方へ逃げ出した。


「さあ!ラント君も逃げて!ルネさんは、私が必ず連れていくから!」

「俺もここに残ります」

「自分が何言っているのか分かってる?」

「はい、自分が無力だってことも分かっています。でも、ルネを一人にするわけにはいかないし、それに...もう離れないって約束したので」

「…分かったわ。でも、ルネさんの部屋へ行ったら、逃げる準備をしてちょうだい。素人が魔物と戦おうとするのだけはやめて。約束よ」

「約束は...守ります」


 俺はルネが寝ている部屋へ行き、彼女のブレスレットと耳飾りを回収し、彼女を抱えて、家を出た。


 幸いにも、ゴブリンの群れの第一波は、傭兵たちが優勢だった。これなら、安全にルネを運べる。怪我したとはいえ、数か月間の農作業の末に、俺の体力は人並みまで戻っていたため、小柄なルネを難なく抱えて走れそうだ。


──きゃーーーー!!!


村の柵を超えそうなときに、またも大きな悲鳴が聞こえた。

その声の主は、


「奥さん!!!」


 先ほどまで頼もしかった、若々しい金髪の奥さんが、一際大きなゴブリンに両手を掴まれ、宙吊りになっていた。


「だめ...来ちゃだ──」


 その瞬間、奥さんの体が消し飛んだ。


「ああ...」


そのゴブリンは、残った腕をうっとうしそうに投げ捨てると、こちらを睨みつける。


「あ...ああ...」


 殺される


そう思ったが最後、そのゴブリンは俺達目掛けて、棍棒をものすごい速度で投擲してきた。


ドンッ!!!!


俺はかろうじてその攻撃を避けたが、同時にルネを放してしまう。


「ル...ネ」


その怪物は、無防備なルネの匂いを嗅ぎ、よだれを垂らす。


「おりゃあ!」


俺は足元にあった石を、怪物の眼球めがけて投げる。

小さな抵抗だったが、気を引くには十分で。


「Grrrrrrrr」


よだれを啜りながら、俺に手を伸ばす怪物。


「がああああああ」


捕まった俺は、握りつぶされ、体中に激痛が走る。


骨が折れる感覚、折れた骨が内臓を傷つける感覚。


全身から血が噴き出す。目の前が真っ赤に染まる。


意識が遠のく。


「ル...」


…。







シャーーーーン


数秒の閃光が村を包んだ後、ゴブリンの体が真っ二つに両断される。


「いったいなに?私、寝間着だし」


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