0099神の聖騎士04(1988字)
「ラグネがまだ『生きた人形』だったころだ。天使がラグネに『神の聖騎士』として迎える、と話したんだってよ。スールドのおっさんの夢のなかでな。どうだ、覚えてるかラグネ?」
まったく記憶にない。
「いいえ。それ、単なるおかしな夢ってだけだと思いますが……」
「そうか?」
「でも、『神の聖騎士』って単語が出てきたのは、現実と奇妙に符合してますね。デモントさんはどうお考えになりますか?」
デモントは顎をさすった。
「そうだな。あるいは本当に天使がラグネを祝福したのかも知れん。俺さまの場合はそんな夢の覚えはねえけどな」
コロコがラグネのこめかみを、面白そうに指でつつく。
「きみ、やっぱり特別な存在なんだね」
しかしラグネは、自分がそんな人間だとはピンとこなかった。コロコとボンボという仲間を得ているし、母ミルクとも打ち解けている。父のサイダ――現在はスールドと名乗っているが――とはまだ切り込んだ話はしていないが、ルモアの街に行けば歓迎してくれるだろう。
僕は、ちょっと光の矢を放ったり空を飛んだりできるだけの、ごく普通の人間だ――いないか、そんな人。
コロコが真面目な顔でラグネに念押しする。
「でも、きみが特別な存在であろうがなかろうが、私とボンボはどこまでもついていくから」
「うん」
これには素直にうなずけた。ボンボが酒袋を傾けてから、にやりと笑う。
「なあラグネ、せっかく1000万カネーも受け取ったんだから、ちょっと遠出して遊びにでもいかないか?」
「いいですね」
デモントが手を挙げた。
「はい! 俺さまは海に行きたいれしゅ!」
べろべろに酔っている。でも、海か。行ったことないなぁ、そういえば。
「そうですね、海に静養しに行きましょう。行き帰りは黄金の翼を使えばひとっ飛びですし」
コロコとボンボがハモった。
「賛成!」
その後は会わなかった間のできごとを肴に飲んだ。『傭兵戦士』ハルドがロプシア国第一王子セイローの息子アーサーだと知ると、ふたりは仰天していた。逆に、『怪物』カーシズの2号が、魔物使いイオンとともに襲撃してきたという話に、ラグネは喫驚する。
「がははは! お前ら、ここで飲んでたのか!」
スカッシャーとキンクイがほろ酔い状態で現れた。……と思ったら、ゴル、ヨコラ、チャムも加わってくる。
「コロコ、その赤いバンドはキンクイさんからもらったものらしいな」
「えへへ、いいでしょう」
その後、一同は楽しい酒を飲んだ。ラグネはその様子を眺めるのが好きで、ついつい酒に伸びそうになる手を抑える。酔い潰れたらもったいない――
デモントやスカッシャーたちがあらかた寝てしまったころだった。不意に肩を指でつつかれる。振り向くと、不機嫌そうなコダイン――勇者ファーミの腰ぎんちゃく――が立っていた。
「ファーミさんからお前に話があるそうだ。ついてこい」
ファーミさんが? ラグネは立ち上がり、少しよろけつつも、どうにかコダインの後に続く。
向かった先は小高い丘だった。ファーミが岩に腰を下ろして待っている。これまた不機嫌そうな表情だ。彼はラグネが着くなり立ち上がり、握手を求めてきた。ラグネは応じる。
「話って何ですか?」
「それよりお前、ザーブラ陛下にお会いしたか?」
「はい」
「では魔王アンソーを倒した報酬も受け取ったんだな? 1億カネーだったっけ?」
「はい、まあ。取りあえず1000万カネーだけは」
「残りは? どうなるんだ?」
「戦争が終結したら、改めてくださるそうです」
「そうか……」
ファーミの瞳に卑屈な光が浮かんだ。その口角が上がる。
「どうだ、ラグネ。お前、俺たちのパーティーに戻ってこないか?」
コダインが横から口添えした。
「ラグネ、もしやお前、断ったりしないよな? ファーミさんが、あの勇者ファーミさんが直々に勧誘するなんて、今までで初めてのことなんだぞ」
お誘いはともかく、何でお金のことを真っ先に聞いてきたんだろう? まさか、自分たちのものにしたいとか。ありそうな線だった。
それまでの楽しい気分が急速に冷めていく。代わりに怒りがふつふつと沸いてきた。この人たちはどこまでも腐っている。その認識が酔いを駆逐し、ラグネの意識を常態へと戻していった。
「……です」
ファーミとコダインが耳を向ける。
「何て?」
「嫌です!」
ラグネははっきり自分の意思を叩きつけた。ファーミが怒りに身を震わせる。
「何だと、この野郎……! 死ねぇっ!」
ファーミが怒号とともに勇者の剣を抜き放った。ラグネはその一閃をバックステップで回避する。
「光の矢!」
ラグネの背後に光球が出現して、辺りを昼のように明るくした。そして、そこから一陣の光芒が飛び出し、ファーミの勇者の剣に命中する。
「うげぇっ!」
次の瞬間、勇者の剣は跡形もなく消え去っていた。ファーミは腰を抜かし、コダインは無駄に口を開閉させる。
「もう戻りません! 失礼します。さようなら」
ラグネは自分の居場所に帰っていった。