0098神の聖騎士03(1968字)
デモントがスープの中身を飲み下した。
「ラグネ、お前の目の前に白骨死体があっただろう? 服はそのままなのに、体だけ骸骨と化していた……。それだって俺さまたちと同じはずだ」
僕は急に具合が悪くなり、吐き気をもよおした。そんな、それじゃ僕は、フォーティさんを殺したっていうのか? 母さんの大好きだった老婆の魔法使いを……! 自分が人間になるために……
「落ち着いてください、ラグネくん。無意識にやってしまったことだから仕方ないんです。気にしないのが無難ですよ」
そうはいっても……。僕は酒を飲んで気分をなだめようとする。だが心地よいほろ酔いは、いつまで経っても訪れてくれやしなかった。
「でも、おかしいですよ。何でデモントさんとケゲンシーさんはそんなに何でも知ってるんですか? 僕は人間化したとき、記憶を失っていて、『ラグネ』『ミルク』『アンドの街』の3つの単語しか覚えていなかったんですが……」
「ラグネ、脳みそが空っぽだったのは俺さまも同じだ。何せ29年前の人間化から、ついこの間――2年前まで、俺さまもわけが分からず生きていたんだ。このケゲンシーに会うまではな」
デモントはそう明かすと、こちらはもう酔い始めたのか、上機嫌で僕の背中をはたいた。ケゲンシーが黒縁眼鏡の中央を押し上げる。
「私は『生きた人形』の時代に天使と出会い、自分たちの存在の意味や価値、そして『神の聖騎士』として人間化すること、そのとき目指すものまで詳細に告げられました。それを2年前に出会ったデモントに告げ、今またラグネくんに伝えたのです」
ラグネは「目指すもの?」と聞いた。ケゲンシーは柔和な顔を少し引き締める。
「死者の世界――『冥界』を統べる強力無比な王、冥王ガセールと対決し、人間を守護することです」
冥王ガセール。初めて耳にする名前だ。
「最近冥王はこの人間界への進出を企てています。尖兵として魔王が現れたのが、その証拠といえるでしょう」
魔人ソダンもそうだったのかな。ラグネはこっそり考える。
「もし冥王がこの世界に乗り込んできたらどうなるんですか?」
「天使が言うには、全人間の虐殺は必至だそうです」
とんでもない話だ。
「でも、何で『生きた人形』を神の聖騎士なんかに? 普通の人間では駄目だったんですか?」
「天使は『生きた人形』の魂は純真無垢で、人間よりも信じられるとお考えのようでした」
「魔王アンソーが進軍してくるまで、何で『三叉戟』や『呪文書』の力を隠してたんですか?」
「異常な力は余計な詮索を生みます。だからおおやけにはしてきませんでした。しかし今回は、魔物たちを統御する魔王が相手であるため、使っても構わないだろうと考えたのです」
ケゲンシーは器用にナイフを使い、鋺に取った鶏肉を頬張った。その幸せそうな様子を眺めながら、ラグネは疑問をぶつける。
「それじゃ赤い宝石を手に入れて、それを各地の傀儡子に配って、また新たな『生きた人形』を作り出していくことも必要ってことですか?」
「それはそうなんですが、無理矢理作らせても駄目らしいんです。赤い宝石の存在と、それを人形に埋め込むと『生きた人形』が作れることは周知していいんですが……」
ケゲンシーは残念そうに首を振った。
「結局あらかじめ『神の聖騎士』を目指して作ったものでは、心に不純物が混じって使い物にならないみたいなんです。また赤い宝石自体はダンジョンやタワーのなかでしか採掘できないので、それの出現待ちでもありますね」
なるほど。本当に何でも答えてくれた。それにしても……
「僕が『神の聖騎士』、か……。何だか似合いませんよね」
「そんなことないですよ。ラグネくんは魔王アンソーを倒したんですから。自信を持ってください」
ケゲンシーはだいぶ酔いが回ったのか、大あくびをした。
「ちょっと横になりますね。ちょっとだけ……」
彼女の青い爆発したような髪が敷き物に触れた――と思うや否や。
「ゴオオウ……ゴオオウ……」
凄いいびきを立て始めた。デモントが呆れたようにそのそばへ這い寄る。
「まったく、眼鏡をしたまま寝るなって、あれほど言ってるんだけどな……」
ケゲンシーから黒縁眼鏡を外すと、畳んで小袋にしまい込んだ。
「さて、そこのおふたりさん。聞き耳を立てる時間は終わりだぜ」
デモントがコロコとボンボに声をかける。ふたりは照れたように近くへ寄ってきて座った。
「いやぁ、私もラグネと同じ気持ちで聞いちゃった。ボンボもでしょ?」
「おう、初耳なことばかりだったもんな。でも、これでスールドの言ってたことも分かったな」
デモントは酒袋からがぶ飲みし、上機嫌で口をぬぐう。
「スールドって誰だ?」
「ラグネの父親みたいな人さ。この前訪ねたら、昔見たおかしな夢のことを話してくれたぜ」
「ほう、聞きたいねぇ」
へえ、ふたりはスールドさんを訪問したんだ。これにはラグネも耳をすませた。