0097神の聖騎士02(1999字)
ケゲンシーがデモントのふくらはぎに蹴りを食らわす。デモントは尻餅をついた。
「痛ぇな、何しやがる!」
「無礼でしょう、デモント! ……ザーブラ陛下、このものの非礼をお許しください」
ザーブラは苦笑して鷹揚に許す。青銅色の髪をオールバックにして、透き通る青い目をしていた。
「よい。貴殿らは我が帝国を、魔王アンソーの脅威から救ってくれた。ありがとう、助かった。感謝する」
ラグネはあらためて、彼の飾らない態度に好感を抱いた。ラグネより20歳年上の皇帝は、ふと気がついた、とばかりに机へ杯を置く。
「魔王へのとどめはラグネが刺したそうだな。取りあえず……」
そばに立っていた小姓に何やら命じた。彼は帷幕の隅へ行き、重そうな皮袋を抱えて戻ってくる。なかから硬貨のぶつかり合う音が聞こえた。
「ここに1000万カネーある。これだけあればしばらく遊んで暮らせるだろう。もうお前は自由だ。この戦争は俺の兵士たちが終わらせるから、その後に俺の城へ残り9000万カネーを受け取りに来い。いいな」
ラグネは小姓から袋を受け取った。ずしりと重い。
「ありがとうございます!」
デモントが不平を鳴らした。
「俺さまは遠くの金より目先の食いもんだ。ザーブラ陛下、酒と食事をくれよ。腹は減ってるし喉も渇いてるんだ」
今度はケゲンシーの肘打ちがデモントの脇腹に突き刺さる。デモントは苦悶した。しかしザーブラは、デモントの不敬な態度にも気分を害されなかったらしい。
「いいだろう。おい、ウブナ」
別の小姓が進み出てひざまずいた。
「酒と食事を彼ら5人に与えてやれ。せいぜい機嫌を取るんだ」
「はっ。……ではみなさん、こちらへ」
こうして謁見は終わった。5人はウブナの後に続いて外へ出る。夕闇に三日月が浮かび上がっていた。
空いているスペースで焚き火が作られた。上に鍋が取り付けられ、そのなかのスープへいろいろな食材が投じられる。それを囲むようにしながら、5人は敷き物の上に座った。ぶどう酒の入った皮袋が5人全員に行き渡り、さらにその替えも用意される。
「では、何かありましたらお呼びつけください」
そういってウブナはそばに控えた。見れば、同じような焚き火の光が戦場のあちこちで明滅している。ラグネの戦いは終わったが、皇帝軍は明日メタコイン王国へ攻め込むために、まだ緊張を解いていないのだった。
とはいえ、魔物たち相手の緒戦が勝利に終わって、空気が張り詰めるといったほどではない。それが証拠に、歌や踊りで盛り上がる兵士たちが多かった。
「さあ酒だ、さあ飯だ!」
デモントがまずはひと口、酒をあおった。こみ上がる感動を表すように、拳を幾度か打ち振るう。
「あぁ、うめえ! やっぱり酒はいいよな!」
ケゲンシーが静かにぶどう酒をすする。
「ラグネくん、私たちに聞きたいことがあるんでしょう? 何なりと質問してください。何でも私が答えますから」
酔っ払う前に全部残さず聞いておこう。ラグネは彼女に尋ねた。
「まず『神の聖騎士』って何ですか? 僕もそのひとりなんですか?」
「そうです。私は無詠唱で魔法を発動できる呪文書、デモントは伸縮自在の三叉戟、ラグネくんには光の矢。神の聖騎士はみな、神から強力無比な武器を与えられているのです」
神の力、か……。僕にはもったいない。
「そして神の聖騎士はみんな、もとはまん丸の小さな赤い宝石――『核』を左胸にはめられた人形なんです」
さらっと重大な事実を告げられて、ラグネは一瞬硬直した。
「それじゃ、デモントさんもケゲンシーさんも、もともとは『生きた人形』だったんですか!?」
「はい。傀儡子ニンテンにより作られました。制作に29年間の差はありますが、これでも兄妹です」
ニンテン。聞いたことがない名前だけど、『生きた人形』を欲しがった傀儡子は、僕の母ミルク以外にもいたということか。
「でも、おふたりはどうやって人間になったんです? 僕は魔法使いフォーティさんの、最後の命と魔力とで、この人間の体を授けてもらったんですが……」
「フォーティだと!?」
デモントが目をむいた。怖い。
「フォーティはニンテンの母の名前だ。そうか、ニンテンはフォーティに赤い宝石をもらったんだな」
デモントはスープを自分の鋺によそった。一回すすろうとして熱かったのか、口を離してふうふうと息を吹きかける。
「フォーティが人間の体を授けたんじゃない。そいつはお前に――ラグネに奪われたんだ。命と魔力を、な」
意味が測りかねて、ラグネはまばたきを繰り返した。
「え……? それって、どういうことですか?」
ケゲンシーが酒をあおる。
「ショックかもしれないけど、私もデモントも同じだから安心して。……捨てられたりして孤独に置かれた『生きた人形』は、その『核』を燃やして、魔力あるものを呼び寄せるんです。デモントは女魔法使いを。私は男魔法使いを。それぞれ呼び寄せて、その命と魔力を奪い取って糧として、そうして人間になったんです」




