0095ラグネと魔王06(2362字)
「デモント、露払いお願い!」
「へっ、わぁったよ!」
ラグネは何が何やら分からなかった。ただ、人間や魔物たちがいっとき戦いを忘れるほど、自分たちに注目して揃って見上げているのは理解した。
デモントと呼ばれた男が三叉戟を地上に向かって構える。
「うらぁ! 伸びろ、トライデント!」
狼のように吠えると、三叉戟の先端が垂直に延伸し、直下の巨人を串刺しにした。
『グギャア!』
青い血しぶきを上げて魔物が痙攣する。それだけではない。デモントが武器を振ると、その先端の刃の部分が、真横に万物を切り裂いていった。まるでナイフでパンを切るように、あっさりと。
『ガアァッ!』
『ギニャアアァッ!』
『グベラッ!』
魔物たちが回避する暇もなく殺されていく。ある程度蹂躙したところで、デモントは三叉戟を反対側へと振った。
「おらっ、今度はこっちだ!」
こちらも伸縮する穂先で、魔物たちがなぎ倒されていく。青い血液の絨毯が、前線を区切るように長く敷かれた。
「どうだケゲンシー、こんなもんで」
「十分よ」
デモントは武器を元の長さに戻す。どうやらあの三叉戟は、あるじの意思で自在に長短が変化するらしかった。
「……さ、降下しますよラグネくん」
ふたりはラグネを真ん中に置くように地上へ降り立つ。黄金の翼を畳んだ。人間たちの歓声と、魔物たちの怒声のなか、ラグネは夢でも見ているみたいにふたりを見た。
男、すなわちデモントは、ほうきのような茶色い髪の毛を生やしている。逆さになれば地面を掃けそうだ。日焼けした肌で、細マッチョな体つきを、銀細工を施した豪奢な上下で包んでいる。目は鋭く、高い鼻筋とともにかなりの色男だった。
女、すなわちケゲンシーは、爆発したような青色の髪を蓄えている。黒縁眼鏡をかけて、片手に重そうな本を開いて載せていた。おっとりした外見だが、切れ長の目は厳しい光をまとっている。デモント同様、銀細工をあしらった豪華な衣服をまとっていた。
彼女が叫んだ。
「私たち3人は『神の聖騎士』! 覚悟しなさい、魔王アンソー!」
赤い肌に6本の角、そして青紫のローブの魔王は、女の言葉に愕然とした。
「か、『神の聖騎士』だと!? あの少年だけでなく、あいつらも……!?」
とんだ誤算だ。せっかく有利に戦いを進めていたのに、これではまた人間どもが勢いづいてしまう。だいたいあの槍は何だ。3本の穂先を自由に伸ばせるだと? 少年といい青年といい、攻撃力が桁違いだ。何とか手を打たねば……
アンソーは両手をかざした。何ということはない。あいつらが『神の聖騎士』なら、神を封じる奥義『ゾイサー』が効くはずだ。ひとまず今の三叉槍はまずい。あれは最初に無効化せねば。
「食らえっ!」
手の平から黒いいかずちが飛翔する。それは正確に青年――デモントへ直撃した。
「うおっ!?」
隣のデモントが暗黒の雷撃に撃たれる。ラグネはさっき自分が球状結界に取り込まれたときと同じだと気がついた。
どうしよう、このままではデモントさんが無力化されてしまう――と焦ったが。
「……ん? 何でもないぞ」
デモントはぱたぱたと上着の胸のあたりをはたいた。透明な球体に閉じ込められることもなければ、そのまま上空へ飛ばされることもない。何でだろう?
ともかく、魔王の居場所は今の攻撃で逆説的に知れた。
「馬鹿なっ! 奥義『ゾイサー』が効かんだとっ!?」
魔王アンソーは目をむき出し、ありえない現実に自分の地平が傾くのを感じた。信じられない。『神』のものどもは、すでに奥義『ゾイサー』を克服しているとでもいうのか。だがそれにしては、先ほどの少年はあっさり引っかかったが……。分からん。どういうことだ?
何にしてもアンソーは恐慌にとらわれた。ここはひとまず逃げねば。今の漆黒のいかずちでこちらの場所は割れてしまっているのだ。魔王は180度回れ右し、味方であるはずの魔物たちを叩きながら、自分のために退路を空けろとわめいた。
ケゲンシーが本をぱらぱらめくる。やがて目当てのページに達したのか、その上に手をかざした。そして詠唱もなく、いきなり叫んだ。
「『紅蓮の炎』の魔法!」
本が光を放つ。次の瞬間、彼女のもういっぽうの手から真っ赤な炎が噴き出した。それは混乱する魔物たちに覆いかぶさり、あっという間に皮や肉、骨を灰へと変えていく。
ラグネは単純に凄いと思った。普通、魔法は詠唱ののち、その名を叫んで発動させる。だが今のはまじないを唱えることなく、いきなり結果を弾き出した。これも『神の聖騎士』の力か。
魔物たちが燃えていく。皇帝軍、冒険者軍から歓声と拍手が上がった。デモントがラグネの肩を叩く。
「それじゃ、あの逃げようとしている情けない魔王に、とどめを刺してやれ。お前の力ならできるはずだ」
この人たちは『神の聖騎士』を名乗って、僕ら人間に味方してくれる。とりあえず敵ではないのは確かだ。『魔法防御』の魔法で耐火した魔王は、情けなく背を見せて逃げている。そんな姿を見ると、敵ながら気の毒になるが、これも戦争というものの愚かな一面なのだろう。
そう割り切ったラグネは、背中に光球を浮かび上がらせた。そして、そこから無数の光の矢を放射する。
「魔王さん、ごめんなさい!」
圧倒的な光芒が空を走り、魔王軍に殺到する。それは魔王アンソーとその部下の魔物たちを、悲鳴すら上げる暇なく滅亡させた。
デモントが「よしっ!」と拳を握り、ケゲンシーが黒縁眼鏡を押し上げつつ「完了」とつぶやく。
魔物たちはあるじを失い、完全に潰走していった。大公の軍勢がそれを追いかける。後は掃討戦だった。
冒険者軍のほうは、魔王アンソーの首にかかっていた賞金1億カネーの目がなくなって、意気消沈した。残敵は皇帝軍に任せて、ひとまず退却しよう、というのがほとんどの考えらしい。
ともあれ、いくさの趨勢はザーブラ皇帝の側に確保された。