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0092ラグネと魔王03(2197字)

「何だっ!?」


 まじないを唱えていたハゾンが大声を出した。それまでうつむいていたラグネが(おもて)を上げると、ちょうど暗黒の迅雷が自分に直撃するところだった。


「うわあっ!」


 ラグネは急に上下が分からなくなる。さっきまで足元にあった地面が消えていた。


 いや、そうじゃない。浮いている。ラグネの体は真上に投げ出されていた。


「な、何が……!」


「ラグネくーんっ!」


 ハゾンの声が遠く聞こえる。ラグネはその方向を見ようとして、何か硬いものにぶつかった。これは……


 透明の、球体。


 それ以外に説明のしようがなかった。ラグネは透きとおる球形の結界に閉じ込められたのだ。しかも魔王の軍勢が視界におさまるほどの高い位置で。


「ハゾンさんっ!」


 ラグネはマジック・ミサイルでこの結界を打ち破ろうとした。だが背中側に光球が出せない。無理矢理出そうとすると、体力が根こそぎ奪われるような疲労感に襲われた。


 ならば黄金の翼を出して、その勢いでこの球体を破壊しよう。しかし、よく考えてみれば光の球を背中に吸い込まない限り、翼は出せないのだ。


 呼吸はできる、五感も問題ない。命こそ別状ないが、ラグネは完全に無力化されていた。


「ハゾンさん、逃げてっ!」


 魔王の軍勢が再度進行し始めた。ハゾンはラグネの異常事態と迫る魔物たちにパニックになっており、腰を抜かしている。


 そこへ翼竜が飛来してきた。一瞬後には、ハゾンは牙で噛み裂かれている。真っ赤な華が咲いた。


「ハゾンさーんっ!」


 赤い肌の男がラグネに対して大笑する。


「朕が魔王アンソーだ。この奥義『ゾイサー』は破れぬぞ。もっとも、こちらからもこれ以上の攻撃はできないがな。そこで見ているがいい、『神の聖騎士』よ。お前が守ろうとしたものをすべて破壊し尽くしてくれるわ!」


 再び進軍を開始する魔王軍。しかしラグネは、ハゾンの死に涙していて、魔王の言葉はほとんど聞こえていなかった。




 新皇帝ザーブラのもとへ、斥候(せっこう)から「ラグネ敗れる」との凶報がもたらされた。ザーブラは唇を噛み締める。だが、かなり魔物たちを減らしてはくれた。ここからは自分たちが戦う番だ。


 ザーブラは迎撃軍の配置に臨み、2万の魔物たちの襲撃に備える。そこへ今度は朗報が飛び込んできた。


「冒険者たちが馳せ参じてきました! 第一便でもかなりの数です!」


 ほう、とザーブラは吐息した。ありがたい話だ。




「ひさしぶりね、ゴル、ヨコラ、チャム!」


 武闘家コロコと魔物使いボンボが、かつてラアラの街の『昇竜祭』武闘大会で知己(ちき)を得た3人に声をかけた。


 ここはザンゼイン大公領の城外敷地だ。すでに多くの冒険者たちと、多くの大公軍が、狭苦しく密集してざわめいていた。


『怪力戦士』ゴルは黒い弁髪と眉毛以外の毛は頭部に一切ない。緑色の服の上からでも、発達した筋肉が分かった。


『魔法剣士』ヨコラは金色の長髪をひとつに束ねて垂らし、両目は細い。しなやかな体つきで、猫のようにも見えた。


 賢者チャムはフードつきの藍色ローブに全身を包んでいる。おどおどとしていた。


「よう、元気だったか?」


 ゴルが大剣を背に、コロコとボンボ相手にハイタッチを交わす。ヨコラは拳を突き合わせ、チャムは握手した。


 ヨコラは目をしばたたく。


「あれ、ラグネはまだ見つかってないのか?」


 コロコはしょげた。


「うん……。でも、もしかしたらこの戦争に参加してるかも。ラグネを捜す意味でも、ここまでやってきたんだ」


 チャムがヨコラの(そで)を引く。うきうきと言った。


「あれ、勇者さまじゃない?」


「勇者?」


 5人が一斉に視線を向ける。その先で、あの勇者ファーミと腰ぎんちゃくコダインが偉そうに演説していた。


「この一戦は魔王とその眷属(けんぞく)との厳しいぶつかり合いとなる! 魔王は俺が『勇者の剣』で斬り捨てるから、お前たちはそこまで俺を守るように! これこそ必勝の作戦だ!」


 コロコは相変わらずだな、とうんざりした。しかし何に感動したのか、ファーミの周りのものたちはみな落涙している。


「ううっ……俺、勇者さまをお守りします!」


「俺もだ! 必ず勝ってください、ファーミさま!」


「ファーミ! ファーミ!」


 ボンボが肩をすくめた。


「付き合いきれねえよ、あいつらには……」


 そのときだ。コロコの耳に、聞きなれた声が届いたのは。


「コロコ! あんた、コロコだよね!?」


 音源に振り向くと、そこにはコロコの師匠、キンクイが立っていた。夫のスカッシャーとともに……


「キンクイさん!」


 コロコは一瞬信じられなかった。自分が長年会いたかった人が、目の前にいる。その事実を飲み込むのに時間がかかったのだ。


 だがいったん理解すると、コロコは早速キンクイに抱きついていた。


「キンクイさーんっ!」


 ポニーテール。布の少ない服装。茶色の透き通った瞳。引き締まった精悍な表情。すべて昔のままだ。彼女の前では、コロコはどうしてもひとりの弟子に戻ってしまう。


「うああ……キンクイさん……っ!」


 気づけば嬉し泣きしていた。キンクイがコロコを抱き締め返す。こちらも声が(うる)んでいた。


「ふふ、泣き虫ねコロコったら。聞いたわよ、武闘大会で優勝したって。おめでとう」


「ありがとうごじゃいます……うああ……」


 スカッシャーが笑いながら文句を言う。


「がははは! コロコ、それがしとの再会はどうでもよいのか!」


 彼は黒髪を獅子のたてがみのように生やし、剽悍(ひょうかん)の見本のような外見だった。無駄に上半身裸で、筋肉を見せびらかしている。コロコはそれに噴き出した。

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