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0090ラグネと魔王01(2211字)

(12)ラグネと魔王




「アーサーさん、お元気そうで何よりです」


 ラグネはザーブラとともに、大公の城の一室を訪れていた。そこはなかなか広い居室で、軟禁というにはあまりに豪勢だ。


「おかげさまで、な」


 アーサーはベッドに腰掛けて苦笑した。もともとこの部屋は大公ザーブラ専用の部屋であり、選帝侯会議へおもむいている間、アーサーに使わせていたものだ。


「『皇帝殺し』の大罪人の俺に、食事を運んでくる召し使いも困惑していたよ。外に出れない以外で、気になったのはそれだけだ」


 ザーブラはそのいいように、ぷっと失笑した。


「どうやら俺が思っていた以上に図太い精神をしているな。アーサー、お前を自由にするのは今度のいくさが勝利に終わったときだ」


 アーサーが目を光らせる。


「いくさ? どことやるんです? メタコイン王国とか?」


「察しがいいな」


「とうとう重い貢納に耐え切れなくなって、自暴自棄になったんですか?」


「どうやら向こうは魔王がついたらしい」


 アーサーが顔を曇らせた。


「まさか。人外のものと手を結んだと?」


「そのとおりだ。俺の部下が偵察したところでは、すでに数万の魔物がメタコインの王城周辺に(つど)っているという」


「正気の沙汰じゃありませんな……」


 アーサーは寒気を覚えて身を震わせた。ザーブラはラグネの肩に手を置く。


「こちらの第一陣はラグネひとりだ。回復役として賢者ハゾンをつける」


 アーサーは仰天して立ち上がった。


「ラグネだけで戦わせるんですか!? そんな無茶な……! 冗談でしょう?」


「俺は本気だ」


 ザーブラは両目をすがめ、表情を隠す。


「アーサー、お前は重犯罪人だ。この先ロプシア帝国内に居場所はあるまい。お前にはいくさに勝ったあと、メタコイン王国の宰相を務めてもらうつもりだ。……それまでは、またここで軟禁生活を送ってもらう。くれぐれも勝手な行動はしないようにな」


 この大公は、もういくさに勝ったつもりでいる。それが愚かに見えないのは、彼のどこまでも大きい器量ゆえだろう。


 ラグネはアーサーの手を取った。


「僕、頑張ります。アーサーさんもここで我慢していてください。必ず勝って、あなたを自由にしてみせます! それじゃ……」


 ザーブラとラグネは部屋を出て行く。後に残されたアーサーは、力なくベッドに腰を下ろした。




 さかのぼること半月前。


 ザンゼイン大公領の東、小国家メタコインのモグモ国王は、酒杯を床に叩きつけた。その激しさに、伝令がびくりと肩をわななかせる。


 モグモは凡庸(ぼんよう)な男だった。これといって特徴がないのが特徴だといえる。40歳を前にして、何か尖ったところでも表れるかと思いきや、ますます『普通』に寄っていった。


 そのモグモが怒っている。伝令がもたらした『大公ザーブラがロプシア帝国新皇帝に即位』との報に、憎悪の炎を燃やしているのだ。


 2代前の皇帝ホカリに、10年前敗戦した。そして和平の条件として、ロプシア帝国に毎年20億カネーを(みつ)ぐよう要求された。その取り立て役が大公ザーブラだ。奴の使者を見るたび憤激に気が狂いそうになる。


 確かにメタコイン王国の後ろにロプシア帝国が控えているからこそ、周辺国家はメタコインへの侵攻をためらっている。その点は感謝すべきだろう。


 だが毎年20億カネーの貢納だと!? 国家予算の4分の1ではないか。これでは後ろ盾がないほうがよっぽどましだ。帝国の傲岸不遜(ごうがんふそん)にもほどがあった。


 今こそ鉄槌を下し、この無駄極まりない出費を抑えなければならない。


 現在、ザンゼイン大公領とメタコイン王国とでは、その支配地の割合は5対3程度。まともに戦えばメタコイン王国の敗北は確実である。よしんば勝ったとしても、その後の帝国や周辺各国の干渉(かんしょう)を考えれば、貴重な戦力を削られるのは痛い。


 そこで魔王からの交渉である。モグモには魔王と魔物の軍団が味方についてくれる。少なくともザンゼイン大公領など一気に踏み潰せるとの打算があった。


 そうしてモグモ国王は、これ幸いと邪悪な契約に判を押したのだ。




 モグモは怒りを燃料に早歩きする機械と化した。その行き着いた先は魔王アンソーの寝室だ。門番の蜘蛛の化け物にややひるむも、ドアを乱暴にノックする。


「わしだ。モグモだ。アンソー殿、報告がある」


「……入りたまえ」


 心をかきむしられるような、嫌な響きの声だった。それにもめげず、モグモは扉を開ける。室内には腕が4本ある魔物が3体。いずれも男で半裸だ。そして、そのすべての手に武器が握られている。


 それらに守られて、安楽椅子に腰掛けているのが魔王アンソーだ。


 赤い肌で、頭部には6本の銀の角が生えている。顔や腕に黒い線があちこち()かれ、白い牙はサメのようだ。炯々(けいけい)と光る両目、鋭い耳は、不気味さをこれでもかとかもし出していた。何で作られているか分からない青紫のローブをまとっている。


 彼は酒を飲んでくつろいでいた。モグモの来訪にもまったく動じていない。


「どうした、モグモ殿。何やら汗びっしょりだが」


 国王は言われて初めて、自分が冷や汗をかいていることに気がついた。慌てて腕でぬぐう。どんな憤激も吹き飛んでしまうほど、この部屋の魔物や魔王にはなかなか慣れなかった。


「そんなことはどうでもいいんだ。あの憎きザンゼイン大公めが、どうやら新皇帝に成り上がったらしい。ふざけたことにな」


 アンソーはこのくだらない情報にうんざりした気振りさえ見せない。自分の表情筋を完璧に統御してみせた。


「それは大ごとだな。それで。(ちん)に何をしろと?」

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