0089新皇帝誕生04(1907字)
ドレンブン辺境伯トータは狐のようなつり目を怒らせた。
「それは真っ先に報告すべき事象ではないか、イザスケン方伯殿!」
イザスケン方伯ザクカは嫌味たっぷりな視線をザンゼイン大公ザーブラに向けた。
「いや、何せこの問題はザーブラ殿にとって大きな衝撃だろうからな。言うべきかどうか迷っておったのだ」
全員の目線がザーブラに集中した。そしてザクカの言いたいことが分かった。
メタコイン王国が魔王を味方として獲得したとなると、もっとも隣接するザンゼイン大公ザーブラの領土が危ないのだ。しかも毎年の貢納を受け取るのがザンゼイン大公の仕事のひとつでもある。メタコイン王国の帝国憎しの感情も強い。
もしこの状況でザーブラが皇帝となれば、メタコイン王国の大公領侵攻はほぼ確実となるだろう……
マリキン国国王イヒコは、してやられた、と思った。ザクカがこの問題を終盤に持ってきたのは、ザーブラが青ざめて及び腰になる姿を、ほかの選帝侯に見せ付けるためだ。彼を皇帝にしないための、意地の悪いやり口である。
ドレンブン辺境伯トータがザーブラに尋ねる。
「もしメタコイン王国と魔王が侵攻してきたら、どうする気だ……?」
このときのザーブラの態度は、後世にまで伝えられるであろう涼やかさをともなっていた。
「一戦してほふるまでだ。そうなればメタコイン王国も魔王も、自分の立場を思い知ることになるだろう」
その見事さ、気骨のありように、本人とエイドポーンを除く全員が感嘆した。この男なら有言実行するだろう、と見なしたのだ。
ザクカは失敗した。ザーブラがここまで芯が強いとは思わなかった。そして悔しいことに、ザクカ本人も惚れ惚れしてしまうほどの男ぶりだったのだ。彼のなかで、風向きは確実に変わっていた。
結局あれやこれやと、選帝侯会議は昼時を過ぎてしまったため、遅い昼食を取ることになった。討議では結論が出なかった、とエイドポーンが声高に主張したため、午後の投票で決着をつけることになったのだ。前回の毒殺未遂事件――ヤッキュの自作自演だと思われていたが――もあり、昼食は各自で取る予定である。
ザンゼイン大公ザーブラはロプシア王国国王コッテンの訪問を受けた。ちょうどパンをかじっていたところで、7歳年上の彼にザーブラは詫びた。
「すまぬ、今飲み込む」
大公領から連れてきていた小姓から、水筒を受け取って水を飲み下す。
「ふう、ありがとう。コッテン殿、何用かな?」
コッテンはザーブラの雰囲気から何か探ろうとしていたが、駄目だったようではにかんだ。
「貴殿があんなに豪胆だとは知らなかった。何か奥の手でも入手したのか? そうでなければ魔王の相手を引き受けようなどとは思わぬだろうに」
ザーブラは言葉を濁した。
「ちょっとしたものを得たのでね」
はぐらかされたものの、コッテンはザーブラの自信満々な態度が、男としてうらやましかった。
投票は4対3で、ザンゼイン大公ザーブラの第26代皇帝位が決まった。きたる事態に、ザーブラなら対処できるだろうと3名が期待したのだ。エイドポーンはがっくりとうなだれた。
この情報はすぐに拡散され、同時に各地の冒険者ギルドへ皇帝名での依頼書が届けられた。新皇帝の誕生に、ロプシア王国は大いに盛り上がった。戴冠式は豪壮華麗で、多くの貴賓が祝福に現れた。
とはいえ、いつまでもロプシア王国にとどまっているわけにもいかない。3日後、ザーブラは皇帝となって城を出た。兵士たちに守られて、東のザンゼイン大公領へと出発する。
その途中だった。ザーブラは一時休憩の際、『特別な小姓』を自分の馬車に呼び寄せる。少年がすぐに参上し、灰色のローブのフードを下ろした。玉ねぎのような銀髪に眉毛が隠れている。小動物のような両目は赤くて大きい。顔の輪郭は丸みを帯びて、頬は白い結晶のよう。
ラグネだった。
「何か用でしょうか、ザーブラさま」
「どうだ、行軍は。疲れたりしてないか?」
「はい、大丈夫です」
そう、ザーブラはアーサーをかくまい、将来自由にすることを約束する代わりに、ラグネの助力を――特にマジック・ミサイル・ランチャーを――得たのだ。
今回の選帝侯会議では、大公の軍のなかにラグネを潜ませておいた。正直、兵士の大軍より彼ひとりでもよかったぐらいだ。まあ、そういうわけにもいかないラグネの事情ではあったが。
「ラグネ、次の仕事は大仕事になる。それをやり終えたら、お前とアーサーを解放しよう。それまではしっかり俺の身を守れ。いいな」
「はい」
半月をかけて大公領に戻ると、忠臣たちが出迎えてくれた。皇帝即位を祝う声もほどほどに、彼らはメタコイン王国より魔物の軍が迫ってきている、と語った。
ザーブラは気を引き締めた。




