0088新皇帝誕生03(1871字)
「それは俺の台詞だ。……っと、そんな話はどうでもよくて……」
イヒコは周囲を気にしながら声を低めた。
「このままではエイドポーンが次期皇帝になってしまう。彼はドレンブン辺境伯トータ殿と、マルブン宮中伯ギシネ殿と、ふたり分の票をすでに獲得している。自身の票も含めれば3票だ。これは絶対なので、投票となればかなり有利だ」
「そうだな」
「だが全7名による投票なので、1回では過半数が決まらない可能性もある。そうなると決選投票となるが、残り4名が同一候補に入れない限り、エイドポーンはほぼ確実に皇帝の椅子を手にすることになる……」
「あまり楽しくない未来だな」
「そう思うか? 嬉しいぞ、仲間がいて」
イヒコは快活に笑った。
「俺的にもそれは御免こうむりたい。俺はエイドポーンの幼児性が嫌いだ。あれはまるでかんしゃくを起こした子供だ。ロプシア王国第一王子セイローを殺し、無実の罪を着せて葬った――と俺は見ている――ヤッキュ前皇帝同様、あるじとして見上げたくはない」
ザーブラはすまして言った。
「同感だ」
ふたりは次期皇帝に関して、投票にかける前に、討議の段階で決めてしまおう、と打ち合わせる。
「いい話ができて助かった。では俺は先に行く。ありがとう」
イヒコはそれだけ言うと、そそくさと外へ出た。ザーブラは杯に酒を少量注いで、一気にあおる。喉が焼けただれるような感触に、満足そうにうなった。
休憩が終わり、また7人が円卓で会議を再開する。マルブン宮中伯ギシネが口を開いた。
「わしが憂慮しているのは、昨今の『冒険者』たちの台頭だ。冒険者ギルドは帝国中に網の目のように広がり、今やなくてはならない情報の交換場所となっている。だが彼らはそれをいいことに、だんだん自己主張をし始めた。権威権力に逆らうようにまでなってきた。さっきの話でも出た、皇帝暗殺犯を逃がしたラグネとやらがその代表だ」
その唇が震えている。怒りのためかな、とロプシア王国国王コッテンは素朴に思った。
「冒険者の力を削ぐべきだ。奴らのオアシスとなっている冒険者ギルドは、もっと締め上げる必要がある。いかがか?」
ザンゼイン大公ザーブラが反対意見を表明する。
「貴殿はあまりにもマイナス面ばかり見ている。冒険者たちがいるおかげで、帝国の治安が改善されている点にも着目すべきだ。特に隊商など、物資輸送の商人たちを盗賊や魔物たちから守ってくれている事実は、絶対に無視してはならない。俺はむしろ、ギルドの自治権を拡大すべきだとさえ思う」
奇声が上がった。何事かと見れば、コルシーン国国王エイドポーンが立ち上がり、ザーブラを指差している。その顔はヒステリックに歪んでいた。
「貴公は重罪人のラグネを、あんな冒険者の肩を持つのか! 冒険者は皆殺しにすべきだ。そうしなければ帝国の威光は失われてしまうぞ!」
どうやら激昂しているらしい。ザーブラは彼の剣幕に呆れた。イザスケン方伯ザクカが取り成す。
「落ち着きたまえ、エイドポーン殿。これは選帝侯会議なるぞ」
「しかし……!」
ザーブラはまだ駄々をこねるエイドポーンから面を伏せた。恐怖を抱いたからではなく、ただ愚か者を直視するのは精神衛生上よろしくないと考えたまでだ。
会議は次の内容に移る。イザスケン方伯ザクカが髭を撫でつつ挙手した。
「メタコイン王国の国王モグモが、何やら画策しているようだ」
帝国の東隣にある小王国メタコイン。10年ほど前ホカリ皇帝が侵略して、国王モグモに毎年20億カネーを貢納するよう言い渡した臣従国。
ロプシア王国国王コッテンが尋ねる。
「貴殿に仕える魔法使いたちの集団『蜃気楼』の総帥ムラマーが、そのように言上してきたのか?」
「さすがは慧眼であるな。さよう、ムラマーの抱える複数の間諜が、メタコイン王国の城に謎の赤光が輝くのを目撃したのだ」
マリキン国国王イヒコは、それを聞いて仰天した。思わず身を乗り出す。
「まさか、『魔王』か……!?」
赤い稲妻が落ちるところ、魔王あり。その伝説は何百年も昔、大陸に魔物が出現し始めてから唱えられたものだった。
魔王。魔物たちの王であり、魔物たちを束ね、増やし、人間たちを襲撃することに異常な執念を燃やす厄介な存在。
この世界に突然現れる迷宮や塔では、そのあるじが部下となる魔物たちを操る。そして、あるじは基本的に最深層からは出てこない。だから放っておいてもさほど問題とはならなかった。近隣住民と冒険者たちが解決してくれることでもある。
だが魔王は違った。彼はこの世のあるじたらんとするのだ。したがってこの世のすべての人間が殺戮対象となる。まさに天敵である。




