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0087新皇帝誕生02(1872字)

「実は、その『黄金の翼』を生やした人物は、ラグネのほかにもいるみたいだ。我がマリキン国でたびたび見かけられている」


 一同が目を白黒させた。


「それは本当か?」


「なぜ今まで黙っていた?」


 イヒコは快活に笑った。


「いえね、俺も知ってはいたんだが――目撃者の嘘っぱちだと決めつけて、はなから無視していたんだ。それがまさか、3万人の前でその存在を示すだなんてね。本当だったのかと、今さらながら驚いた次第で」


 ザンゼイン大公ザーブラは机の表面を指でこする。新たな情報を得たとき、彼はそうして吟味するのだった。青銅色の髪はオールバックで、切れ長の目に浮かぶのは熱い氷ともいうべき立派な青い瞳だ。


「……天使というには俗すぎるな、そのラグネという少年は。こうだと判を押すにはまだ早すぎる」


 その意見にはみなが賛成したのか、沈黙が訪れた。


 マルブン宮中伯ギシネが次に取り上げた議題は経済だ。


「この2年、ヤッキュ前皇帝陛下が舵取りした帝国の予算だが、正直厳しい」


 ヤッキュの息子であるエイドポーンの眉毛がぴくりと動いた。


「厳しい、とは?」


「帝国領土が2回の戦争でも拡大できず、それどころか微減したのが第一点。ドレンブン辺境伯トータ殿の海賊退治がはかどらなかったのが第二点」


 トータが口をへの字に曲げる。


「そして、去年の小麦の収穫が予想以上に悪かったのが第三点。貧しい地域で風土病が流行(はや)ったのが第四点。この四つがじわじわ効き始めて、民衆からの徴税がとどこおっている。彼らから無理矢理にでも取り上げれば、一揆(いっき)が起こるのは時間の問題だと見られる……」


 エイドポーンはかぶせるように怒声を発した。


「民衆などどうでもよいではないか。あいつらはただ黙って働き、黙って富を献上すればよいのだ。一揆? 上等である。武力で持って、あいつらに自分たちの身分を思い知らせてやればよい。いい機会だと思うがな」


「それではただ国民が疲弊し生産力が低下するだけだ」


 エイドポーンの鋭い視線を受け止めたのは、ザンゼイン大公ザーブラだ。


「貴殿は民衆を虫けらのように思っているようだが、彼らとて人間だ。たまには国庫を開き、(ほどこ)しを与えるのも必要であろう」


「ザーブラ殿は人気取りがお上手のようで」


 エイドポーンのつまらない皮肉に、ザーブラは顔面の筋肉をひと筋たりとも動かさなかった。


 海賊退治がはかどらないと言われたトータが挙手する。


「ロプシア帝国で海に面しているのは我が辺境伯領だけだ。海賊退治は確かに俺に与えられた課題だが、実行するとなると大きな帆船があと50隻は欲しい。これは最低限の数字だ」


 イザスケン方伯ザクカが首を振った。馬鹿馬鹿しい、と言いたげだった。


「そんな金がどこにある。今経済が傾いていると説明があったばかりではないか」


「しかし、増え続ける海賊とのいたちごっこを続けている現状では、海上貿易が進まぬ。我が帝国にとって、海洋国家としての交易は将来の大事なパイプだ。ここは思い切って流血に耐え、海賊を一気に処断する必要もあるのではないかな」


 マリキン国国王イヒコが別角度からの見解を示す。


「なるほど、海上交易は大事だ。しかしそれは貿易相手国にとってもだ。何も我々だけが海賊相手に流血する必要もあるまい。各海洋国家に(げき)を飛ばし、彼らにも海賊の討伐を行なうべく動いてもらうのが筋だと思う」


 トータは反論しなかった。イヒコは今度は第三点と第四点を取り上げる。


「小麦の収穫が悪いと、民衆は安いライ麦パンに手を伸ばす。もっと酷いときはそらまめパン、くるみパンだ。それは極端なたとえだが、この貧しいパンが流行(はや)ると、決まって風土病が流行する。このふたつには何か関係があるとみるのが正しいのではないか?」


 これは新鮮な視点だったらしく、みんな「ほう……」と感嘆した。ザーブラはまた円卓の表面を指で撫でる。


「安いパンが風土病を起こす、か。これは早急に研究すべき事案だな」


 そのあたりで一時休憩となった。




 ザンゼイン大公ザーブラは帝城――ロプシア王国の王城――に用意された、自分専用の貴賓(きひん)室に入った。いや、入ろうとした。声をかけてきた人物がおり、ドアは中途半端に開いて止まる。


「マリキン国国王イヒコ殿。どうした?」


 現れたのは、ザーブラのひとつ年下になるイヒコだった。


「ちょっと話さないか。ここだとひと目につくので……」


「よかろう、この部屋で話そう」


 ふたりは貴賓室に入った。小姓にしばらく出ておくよう告げて、4脚ある椅子のふたつにそれぞれ腰を下ろす。クッションが効いていて、いい素材だなとザーブラは思った。


「2年ぶりか。お互いよく生き延びてきたな」

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