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0085魔物使いボンボ07(2281字)

「でやっ!」


 それは正確に命中し、2号の鼻っ柱がへし折られた。かなりの有効打だ。青い血液が鼻腔から噴出する。


 しかし……


「やってくれるじゃねえか、姉ちゃんよぉ!」


 カーシズが斧を捨て、コロコの足首をつかまえた。そして、まるで鞭を振るうように、彼女を床へと叩きつける。


「がっ……」


 コロコはしたたかに頭部を打って、ぐったりしてしまった。まずい。今の一撃はまずい。ボンボは危機を悟った。


 師匠コンボーイの言葉が脳裏によみがえる。


『あと、自分の大量の血を使えばそれを餌に魔物を召喚することができる。これはどうしようもないときに使う最後の手段だ。なるべく使うなよ』


 ボンボは戸棚に突き刺さっている折れた刀身に、自分の右手首を撫で付けた。激しい痛みとともに、たちまちシャワーのような血が動脈から噴き出す。


 イオンが首を傾げた。


「何だこいつ。とち狂ったか?」


 ボンボは目まいに苦しみながらも、血だまりを両足で踏んで呪文を詠唱する。


「『召喚』の魔法! いでよ、『吸血鬼』!」


 常に血を欲する魔物といえば、やはり吸血鬼だ。ボンボは自分の血で呼び出す。現れたのは、知的そうな相貌に豪華な衣装をまとった男だった。牙が口からのぞいている。ずいぶんと痩せた怪物だが、果たしてカーシズ2号に勝てるのか。


「行け、吸血鬼! 大男を倒せ!」


「承知した」


 片腕を背中に回したまま、礼儀正しく2号に向かっていくさまは、何だかこの状況に不釣り合いに見えた。


「ええい、何が吸血鬼だ! カーシズ2号よ、ひねり潰せ!」


「おうよ!」


 コロコを投げ捨てて斧を拾い、歩いてくる吸血鬼に刃を叩きつけた。


 だが。


「何……っ!?」


 吸血鬼はその服も肌も一切破けず、多少体勢をおかしくしただけで、豪快無比な一撃を受け止めた。


「私にそんなものが通ずるとでも? 今貴殿の血を吸って差し上げよう」


 彼は手刀で、大斧を持っている2号の右腕を切断する。何のためらいもない一閃だった。


「ぐぎゃああっ!」


 カーシズ2号はあまりの激痛に絶叫して、青い血を撒き散らせる。召喚した魔物は切り取った腕の血をすすった。


「不味い……。お前も魔物だったのか、人造人間。短い人生を謳歌(おうか)することに集中するべきだったな」


 吸血鬼はそう告げると、2号の左胸を鋭い手刀で刺し貫いた。


「がああっ!」


 腕を引き抜くと、カーシズ2号は白目をむいてぐらりと崩れる。その先にはイオンの姿があった。


「わっ、馬鹿っ! こっちに倒れてく……」


 言葉は半ばで途切れた。巨体の下敷きとなり、イオンはぐしゃりと潰れてしまったのだ。


 それを見届けて、ボンボは落ちそうになる意識に鞭打つ。


「よし、戻れ『吸血鬼』!」


 吸血鬼が足元の血だまりに吸い込まれた。ボンボはそれを最後に、力尽きて目を閉じた。




「あれ?」


 ボンボはまぶたを開ける。右の手首には血がこびりついているものの、傷は跡形もなく消えていた。


「おいらはいったい……」


「私が回復魔法を使ったんです。もう大丈夫ですよ」


 そう語りかけてきたのはスノーカだ。その隣にコロコもいる。ぴんぴんしていた。


「スノーカって僧侶の心得があったみたい。私も治療されちゃった。戦いは途中からどうなったのか、よく覚えていないんだけど……」


 壊されて開いた壁の穴から、綺麗な月が見えた。その光で、室内が青と赤のふたつの血液に染まっていることが分かる。グーンがコロコに話した。


「ボンボが自分の血を使って魔物を召喚して、そいつにカーシズ2号を倒させたんだ。もう心配はいらないぞ」


「ボンボが……。さすがね! 助けてくれてありがとう!」


 コロコに片手を両手で握られる。温かく、感謝の念がこもっていた。


 そのときだった。月光を浴びるコロコの美しい姿に、ボンボは突然ドキリとしたのだ。


 グーンの『ひょっとしてコロコさんに恋心があったりとか?』という先ほどの質問がよみがえる。今まで考えもしなかったそのことに、ボンボはいきなり気づいてしまった。


 おいらは、コロコのことが――


「い、いつまで握ってるんだよ。放せよな」


「ああ、ごめんごめん」


 いや、この想いは胸にしまっておこう。ラグネに悪いからな。ボンボはそう結論づけると、血だまりから立ち上がった。


「ちょっと貧血気味なんでな。夜食を食わせてくれよ、グーン」




 翌日の昼、調子を取り戻したコロコとボンボは、ルモアの街の冒険者ギルドへおもむいた。


 スールドがギルドマスターとしてひとり働いていた。相棒のグーンは昨夜の事件の処理や、家の改修で建築屋と打ち合わせをするとかで、今日はやむなく休みを取っている。


「さてと、ラグネの行きそうなところの依頼は出てるかな」


 掲示板に向かうと、そこには人だかりができていた。コロコとボンボは何事かと興味が湧いて覗き込む。どでかい依頼書が貼り出されていた。


「えーと何々……? 『魔王アンソーの首……1億カネー』!?」


 すごい報酬額だ。ラアラの街の『昇竜祭』武闘大会優勝賞金の2倍である。


 その下に依頼主の名前が書かれていた。『ロプシア帝国新皇帝より全冒険者へ』。新皇帝? あの前皇帝ヤッキュの代わりが決まったということか。


 説明文では、魔王アンソーが隣国メタコイン王国と手を結んで、周辺各国への侵略を企てているらしい。依頼の受け付けは無限で、全冒険者に資格があるという。


 日付を見ると、依頼の紙は今日貼り出されたものらしい。このルモアの街からの第一次便は、今日の夕方に出発するということだった。


「ラグネが参加してるかもしれない」


 コロコはそうつぶやき、人だかりから脱け出した。


「ボンボ! この依頼、乗っかろう!」


「おう、いいぜ!」


 こうしてふたりは新皇帝領への馬車に揺られることとなった。

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