0083魔物使いボンボ05(2252字)
ところがある日のことだ。親父が商人たちとの会合に出かけ、おいらは店番を頼まれた。もっとも『ヨシーロ』は昼から開店しているわけでもなくて、ただ2階の宿屋スペースに泊まっている客を管理しつつ、店内を掃除でもしていろとのことだった。
「清潔でいい宿屋だな」
「若いのに偉いな、坊主」
「はい鍵。また来るよ」
宿泊客をお送りしつつ、おいらは床を掃き終わった。テーブルに逆さ向きに載せた椅子を下ろそうとする。
そのとき、悲報はもたらされた。いきなり扉が開いたかと思うと、常連客が息を切らしてよろよろと店内に入ってきたんだ。
「おい! 大変だ、2代目!」
「まだ開店の時刻じゃないぜ」
「そうじゃない。お前の父さんが、父さんが――馬に蹴られて死んじまったんだ!」
おいらは持っていた椅子を落とした。それが砕けないのが不自然に思われたほど、衝撃は深かった。
コウ親父は商人たちとの話し合いを終えて、馬に乗って帰ろうとした。だがそのとき、近くを歩いていた農婦が石につまずいて倒れる。親父は助け起こそうとして、周囲に不注意になった。
その瞬間だ。馬が後ろ足を跳ね上げ、親父の頭部を砕いたのは。
もちろん即死だった。回復魔法をかけても意味がないほど、顔面も脳もぐちゃぐちゃに潰れていたという。
現場に到着したおいらは、着ている衣服や体格などから、自分の父コウに間違いないと確認した。そして冷たくなった遺体にすがりつき、わあわあと大声で泣いた。辛くて悲しくて、人生を悲観したおいらは、親父の後を追おうかと思ったほど落ち込んだ。結局踏みとどまったけど。
親父の葬儀が終わり、おいらは酒場『ヨシーロ』を売り払った。10歳児が経営していけるわけもないからな。しかし親父の隠れた借金を返済すると、現金はほとんど手元に残らなかった。
おいらはこの厳しい世のなかに、ひとり投げ出された格好となったんだ。
「さて、どうしよう……」
行き先が決まるまでは2階の一室を使ってもいいということで、おいらは新しい店主と従業員たちに見守られつつ、酒場の端でああでもない、こうでもないと思案投げ首のていだった。
そこへ妙な話を持ち込んできたのは、常連客のひとり、ワウだった。
「ようボンボ。お前、魔物使いをやってみないか?」
魔物使い。魔法で異次元の魔物を召喚し、それを使役して戦わせる職業。冒険者ギルドに登録していなくても、それぐらいなら知っている。
「おいらは魔法なんて使えないけど」
「これから使えるように頑張っていくって話だよ。俺の知り合いの魔物使いコンボーイの弟子になるんだ。少なくとも飯と寝床は確保できるし、将来冒険者として自立もできる。悪い話じゃないだろう?」
「そうだな、酒に汚いワウさんが持ち込んでこなけりゃな」
「おっ、言うねえ。……で、どうだい? やってみたいんなら紹介してやるけど」
特にやりたいこともなかったし、とにかく食いっぱぐれなけりゃいい。おいらは了承した。
コンボーイは54歳の老齢の魔物使いだった。胸元まで伸びる白い髭が目立つ。髪の毛は耳の周りにわずかに残るのみだ。愛嬌のある目つきで、鼻は短い。裾の長い胴衣は茶色だった。
彼の住居は港湾都市ドレンブンにあり、なかなか広い瀟洒な邸宅だ。そこに10匹以上の犬猫を飼っており、コンボーイは玄関でペットたちとともにおいらを出迎えた。
「ほっほっほ、話は聞いとる。ええと、名前は確か……ボボボンだったか」
「ボンボです」
「ああ、ボンボな。今日からわて、コンボーイが面倒を見てやる。ささ、入れ」
「失礼しまーす」
田舎町のプラモキから、人の多いドレンブンの街へ移ってくるに当たって、おいらはほとんど荷物を持ってこなかった。それはコンボーイが用意してくれると、ワウから聞いていたのだ。しかし実際にやってきてみたところ、何も準備されていないことがすぐに発覚した。
「ああ、犬や猫とは違うものな」
コンボーイの言い訳はそんな単純なものだった。おいらは先行き不安になった……
とりあえず飯作りと掃除、洗濯など、おいらの仕事はコンボーイの身の回りの世話が中心となった。料理の腕は酒場『ヨシーロ』で鍛えてあるし、掃除や洗濯もまたしかり。よく働くおいらを眺めて、コンボーイは微笑した。
「ほっほっほ、ようやるわい。さすがはボボボボーンだ」
「ボンボです」
生活用品も揃ってきて、ようやく人間らしい生活に戻れた頃だ。コンボーイは自分の研究の隙間時間で、おいらに召喚の技術を教え始めた。
「魔物は普段は異世界に棲んでいるので、こちらの魔法によって一時的に呼び寄せてやらにゃいかん。ただ魔物はあまり長くこちらに居させると、やがて暴走して手がつけられなくなる。そうなる前にもとの異世界に戻してやる必要がある。つまり時間制限があるのだよ」
おいらは綿が水を吸収するように、どんどん知識を増やしていった。
「魔物を召喚するためにはまず魔法陣を描かねばならん。でかい奴ほど大きい魔法陣が必要になる。あらかじめ白布に染料で描いておき、必要なときにそれを広げて使うのが一般的だ。布がないときは地面に木の棒で描け。あと……」
少し師匠の声が低くなった。
「あと、自分の大量の血を使えばそれを餌に魔物を召喚することができる。これはどうしようもないときに使う最後の手段だ。なるべく使うなよ」
普段ぼんやりしているコンボーイが生真面目にいうので、おいらも表情を引き締めてうなずいた。彼は続ける。
「魔物をうまく召喚できたら、命令して戦わせろ。そのとき、魔物に対して絶対卑屈な態度を取るなよ。舐められるからな」