0082魔物使いボンボ04(2220字)
「うん。あんなの初めて見た」
「なら天使とやらもずいぶん適当な力を与えたもんだな。僧侶の資質は商人に言われるまで気づかなかったし、マジック・ミサイルは『邪炎龍バクデン』と対するまで隠れていたし、黄金の翼にいたってはつい数日前まで使えることを知らなかった……」
確かに。コロコは考える。だいたい人形のラグネに、将来人間になる保証はなかったはずだ。ずいぶんと先物買いではないか。それともそこまで見通せていたのか、その天使は……
「ここにいたか」
いきなり話しかけられて、コロコ、ボンボ、スールドはそちらを向いた。ギルドマスターのグーンだ。コロコたちを見てほっと胸を撫で下ろしている。何かがあったらしい。
「どうしたんですか?」
スールドが尋ねる。グーンは椅子に座ってつまみのチーズに手を出した。
「何でもあの『昇竜祭』武闘大会に出た『怪物』カーシズ、その生みの親である魔物使いイオンが、このルモアの街に潜伏しているらしいんだ」
コロコの顔色が変わった。
「ええっ!? 何でこの街に?」
「詳しくは分からない。ただ、そんな目撃情報がもたらされたんだ。優勝者のコロコをねたんで、命を狙ってくるかもしれない」
武闘家としてのコロコの闘争心が燃え上がる。
「蹴散らしてやるわ」
「冒険者ギルドは夜になったんで閉鎖してきた。どうだ、コロコ、ボンボ。俺の家に来ないか?」
ボンボが目をしばたたく。
「いいのかい? そりゃ、今日の宿屋を今から探すより、手っ取り早くていいけどよ。何でそんなことを?」
グーンは照れたように頬をかいた。
「妻と娘に、『昇竜祭』武闘大会優勝者を引き合わせたくてな。駄目かな?」
コロコは笑って承諾した。
「いいね、行こうよ、ボンボ!」
グーンの家は少し離れた場所にあった。着いてみればなかなか洒落た石造作りだ。屋根は瓦を敷き詰めて葺かれている。
「おーい、帰ったぞー」
グーンが声をかけて扉を叩くと、かんぬきが引き抜かれる音がした。なかから35歳ぐらいの婦人が顔を見せる。
「お帰りなさい。あれ、こちらの方々は?」
グーンは問いかけに問いかけで返した。
「スノーカは?」
奥から16歳ぐらいの少女が恐る恐る現れる。
「私ならいるけれど……」
「おうスノーカ、この前言っていただろう? 『昇竜祭』武闘大会優勝者が、じゃっかん17歳だって聞いて、『会ってみたい』って」
「まさか……」
「そう、そのまさかさ。この女の子が優勝者の、コロコ……」
スノーカはグーンを突き飛ばしてコロコの両手をつかんでいた。
「わああっ! 初めまして! 私、スノーカっていいます!」
コロコは彼女の勢いにたじたじだ。何より純粋な瞳の輝きにまいってしまう。それでもどうにか返事した。
「は、初めまして。あの……」
「きゃーっ、凄い! 本物だぁ! この篭手が勝利に貢献したアイテムですね! わーっ、いいなあ、すごーい!」
ボンボがグーンを助け起こす。
「大丈夫か? グーンさん」
「あはは……。喜んでもらえてよかった」
スノーカが落ち着くのを待ってから、グーンは妻のガラシャと娘のスノーカを紹介した。再婚だという。どうりで妻も娘も若いわけだ。
「そこで私はアーサーの脳天に、こうガツーンとかかと落としを……」
「きゃーっ! かっこいい!」
夕食は美味しくて温かかった。そしてにぎやかだった――おもにコロコとスノーカが。ふたりは大の仲良しになったらしい。
「お父さん、私決めたわ。コロコさんみたいな武闘家になって、冒険者ギルドに登録する! そして3年後の『昇竜祭』武闘大会で優勝するんだ!」
グーンはミーハーな娘をきつくたしなめた。
「馬鹿か、お前。コロコは才能と努力の結晶みたいな武闘家だぞ。素質がないお前なんかが優勝者になれるわけがない」
「もう、お父さんったら! ここは私の気概を盛り立てるところじゃない!」
みんなで笑った。楽しい時間が過ぎていく。
食事の後、グーンとボンボの男ふたりと、コロコ、スノーカ、ガラシャの女3人とに別れて、寝室に引き取った。
「まだ飲めるか、ボンボ」
「おう。まだまだいけるぜ」
「よし、飲み直しだ」
ふたりはロウソクの明かりに照らされながら酒杯を合わせる。それからは、おもに武闘大会のできごとを肴にちびちびと酒をすすった。さっきのコロコの話が出場者目線なら、ボンボの話は観客目線だ。『皇帝殺し』の一件で取調べを受けたくだりは、グーンも熱を入れて相槌を打っていた。
ボンボもいい加減酔っ払ってくる。グーンはボンボが冒険者になったいきさつを聞きたがった。やや舌をもつれさせながら、16歳の少年はリクエストに答える。
おいらは酒場の店主の長男として生まれた。親父はコウ、お袋はダンシャっていってな。田舎町のプラモキで『ヨシーロ』という酒場を経営していた。
生まれて早々、おいらは悲劇に見舞われた。お袋がおいらを産んでからというもの体調がすぐれず、すぐに死んでしまったんだ。もちろん、当時のおいらは赤子で、そのことを教えられたのはずっと後のことだったけど。
それでも親父はめげず、酒場の経営と育児に頑張った。酒場『ヨシーロ』にはいろいろな人物が現れる。特に冒険者は面白かった。遠い異国の情景や、戦った魔物たちの醜悪さ、手に入れた金銀財宝とか、話がどれも目新しくて楽しかったんだ。
やがておいらは10歳になった。親父の酒場でのウェイター役も板についてきて、おいらは何となく、将来この店を継ぐんだろうと考えていた。酔客から「2代目!」とからかわれたりして、でも嬉しかったな。




