0080魔物使いボンボ02(2166字)
「どうだ、気は変わったか? 僕のハーレムに……」
「入らないと言っただろう」
これまたすげなく断られて、クローゴはその場に両膝をついた。がっくりうなだれる。
ギルド内はそれほど人がいない。みんなコロコの優勝で賭けに負け、借金の返済に冒険依頼を受けているのだと、ヨコラは推理してみせた。聞き込みは無理そうだ。
そのとき、屋内の隅に座っていた壮年の女が立ち上がった。ロープの上を綱渡りしているような動作で近づいてくる。
「あなた、コロコさんね?」
「はい、そうですが……」
コロコは女に書類を渡された。10枚ほどの羊皮紙だ。
「何ですか、これ?」
「優勝賞金よ。『昇竜祭』武闘大会の。5000万カネー、その受け取り手形よ。……いつあなたが釈放されるか分からなかったので、サラム町長のお達しで、副長の私が待っていたわけ」
これにはコロコも相好を崩した。書類を抱きしめる。
「嬉しい……! ありがとうございました」
「確かに渡したから。ここにサインもらえる? ……そうそう、ありがとう。それじゃ」
彼女は去っていった。コロコはボンボに紙たばを押し付ける。
「でも、今はお金より依頼よ。ボンボ、この書類、鞄に入れて預かっといて」
「おう」
ボンボが手形をしまい込むのを見届けると、コロコは掲示板に向かった。ヨコラが尋ねる。
「どうする気だ?」
コロコは少ない依頼を吟味していく。
「ルモアの街に行きたいの。上手い具合に隊商出てないかなって」
ルモアの街のギルドマスターはふたり。グーンとスールドだ。このうち後者は、サイダという名前で『生きた人形』ラグネの父親代わりだった。ラグネの創造主であるミルクに会えたことを、ふたりが和解したことを、伝えておきたかったのだ。
もちろん、うまいことラグネと再会できれば、と思ってもいた。
「あっ! あった!」
ルモアへの隊商の護衛。報酬は30万カネー。さっき貼り出されたばかりのようで、糊付けが真新しかった。
「ボンボ、この仕事請けよう!」
「おう、おいらは全然オッケーだぜ」
早速紙を剥ぎ取ってギルドマスターのもとへ持っていく。と、そのときヨコラに服のすそをつかまれた。
「何?」
「もう行っちまうのか? 金はあるんだし、もっとゆっくりしていってもいいんじゃないか?」
ゴルが目を閉じ、うんうんと首肯する。
「そうだそうだ。我らと酒杯でもあげて優勝を祝わせてくれ」
チャムが寂しそうに人差し指をつき合わせる。
「いくら何でも急な気がします……」
コロコはぷっと吹き出し、片目をつぶってみせた。
「何いってるのよ。生きていればまたいつか会えるし、今生の別れってわけでもないでしょ」
ヨコラは目線をはずす。
「それはそうだが……」
「あたしたち、冒険者でしょ?」
ヨコラの手をつかみ、無理矢理こちらを向かせた。
「武闘大会は本当に楽しかった。いろんなことが起きたけど、出場してよかったって思ってる。さまざまな試合で勇気や希望をもらったし、客席からの声援に熱くなれたし、勝ったときは心の底から嬉しかった。また出たいって願ってる。……でもね」
コロコは心の底から言葉をつむいだ。
「もう祭りは終わったの。私、飽きっぽい性格だから、いつだって次のことのほうが気になるの。馬鹿みたいって思うでしょ? 立ち止まるところを知らない、単なるじゃじゃ馬みたいでしょ? でも、それが私、コロコって女子なの。だからこそ子供の頃から冒険者を目指してた。冒険者になったらなったで、帝国各地を好き放題に縦断横断してた。止まらないんじゃなくて、止まれないの、私」
ボンボが苦笑いした。
「コロコはこういう奴なんだよ。悪いな、3人とも」
ヨコラはコロコに圧倒されていたが、しばらくするとため息をつく。白い歯を見せた。
「……分かった。あたしたちはしばらく本選報酬でゆっくりしていくつもりだ。縁があったらまた会おう、コロコ、ボンボ」
ルモアの街までの隊商馬車に乗り、コロコとボンボは遠ざかるラアラの街を眺めた。
「長居したね」
「まったくだ」
青い空を見上げながら、コロコはラグネを想った。口数は少ないけれど、いつも誠実で、仲間のために一生懸命になってくれるラグネ。金色の翼でアーサーとともにどこかへ飛んでいってしまったけれど、すぐに見つけてやる。
その後、ラアラの街では魔物使いイオンの脱獄が明らかになった。
「着いたー! 何ごともなかったね」
3日後、コロコたちはルモアの街に到着した。道中、魔物や盗賊に襲われることもなく、隊商は荷物を運び終えた。
コロコもボンボも、両腕を万歳の形に伸ばして、背筋を伸ばす。そこへ商人が硬貨の入った小袋を渡してきた。
「武闘大会優勝者って5000万カネーをもらえるんだろ? 悪いね、たった30万カネーで」
コロコが笑顔で首を振る。
「そんなことないよ。ありがとうございます」
依頼書にサインをもらって、コロコとボンボは冒険者ギルドへ向かった。日はやや傾きかけている。
「おお、久しぶりだなお前ら!」
ギルドマスターのグーンとスールドが破顔一笑出迎えた。
グーンは枯れ木のようなやせっぽちだが、その緑の目は鋭い光を放つ。白髪混じりの黒髪を後ろに撫でつけていた。
いっぽうスールドは、ごつい異相とそれを引き立てる口髭がよく調和している。岩石のような体からは無尽の力が湧き出そうだ。長身なため威圧感があり、ギルドお仕着せの衣装をラフに着崩していた。