0079魔物使いボンボ01(2177字)
(10)魔物使いボンボ
コロコは軽く机を叩いた――憤り混じりに。
「だから何度も言ってるよ。私はラグネやハルドさん――アーサーが正式名称だったっけ――アーサーさんの、あの行動はまったく予想できなかったって」
ここは取り調べ室である。狭い部屋の縦に長い窓から、立て付けの悪いドアへと微風が流れている。それに少ない髪の毛を揺らしながら、年老いた警吏は質問を繰り返した。
「でも、コロコさんはラグネやアーサーと親密だったんですよね?」
「それについてはそうだったって、ちゃんと認めてるよ。それとこれとは話が別でしょ? パーティー仲間だからって、友達だからって、その人の全行動を支持するわけじゃないよ」
警吏はこめかみをかく。いかにも困ったといわんばかりだ。
「それではふたりの行き先も分からないと?」
このおじいさんは何遍同じ問いかけを行なうのだろう。コロコは呆れて首を振った。
「うん、分からない」
もう2日もこうしている。皇帝ヤッキュ陛下を殺したアーサーは、ラグネの助力で闘場を脱出した。これに関して、ふたりと仲がよかったメンバー――私、ボンボ、ゴル、ヨコラ、チャムの5人は、しつこい取り調べを受けていた。
まあ、気持ちは分かるけど……。何といっても、ロプシア帝国最高位のヤッキュ皇帝を、3万人の目の前で殺害されたんだから。レイユ皇妃や警備に当たっていた人々、皇帝夫妻を招いたサラム町長の怒りを想像すると、これぐらいは当然のことだろうと思う。
でも、私たち5人は無実だ。その真実を曲げるつもりはなかった。
昨日は長いつまらない取り調べが終わると、おいしくない夕食を採って、別室に軟禁された。今日もそのパターンだろうか。
警吏はしわ深い顔を見せびらかすように歪めて、疑念を口にした。
「闘技場の3万人が、ラグネの黄金の翼を目撃しているのです。彼は魔物ですか?」
何でそうなるのよ。コロコはいい加減疲れながらも、きちんと答弁した。
「かつては空を飛ぶ魔法があったんでしょ? 今ではめっきり使い手もいなくなったけど……。ラグネも魔法で飛んだんじゃないの? その様子がちょっと変だったからって、魔物扱いは違うと思うけど」
そこでドアがノックされた。彫像のように立って気配を消していた番兵が、扉のほうへ向かう。
「はい」
「コロコは釈放だ。連れてこい」
「承知しました。……おい、コロコ。出ろ。釈放だ」
この朗報に喜ぶコロコと、打ちひしがれる警吏。
「やれやれ、やっとだよ……」
「そんな、取り調べはまだ中途ですよ」
コロコは心のなかで舌を出しながら、開いたドアから外へ出た。
「よう、コロコ! また会えて嬉しいぞ」
『怪力戦士』ゴルが、『魔法剣士』ヨコラ、賢者チャム、魔物使いボンボを引き連れて外で待っていた。新鮮な空気を吸い込みつつ、コロコは4人とハイタッチして喜びを爆発させた。
「私もよ、みんな。ボンボ、大丈夫だった?」
ボンボは目尻の涙を指でぬぐいながら答えた。
「おいら、ラグネとアーサーの行動の理由が本当に分からなかったから、ひたすらそう答えたぜ。コロコもそうだろ?」
「うん!」
ヨコラがチャムの肩に肘を乗っけた。
「あのふたりの逃避が、あたしもゴルもチャムも、コロコやボンボでさえも想定外だったからな。その事実が2日の取調べで固まったから、無事釈放となったみたいだ。なあチャム?」
このなかで最年長にしてもっとも意気地のないチャムだったが、どうやら彼女も乗り切ったらしい。
「はい! 知らないものは知らないんです」
ラアラの街の冒険者ギルドへ、5人の足は向かう。ひょっとしてラグネやアーサーの行き先について、何か手がかりが残っているかもしれないからだ。たとえ残ってなくとも、あちこち世界を駆け回る冒険者たちがたくさんいるのだ。聞き込みぐらいはできるだろう。
コロコたちが街を歩いていると、観光客や町民たちからグレーの目線を向けられた。栄えある『昇竜祭』武闘大会優勝者のコロコは、この街随一の超有名人であると同時に、『皇帝殺し』のアーサーと親交深かった疑惑の人物でもあるのだ。
まあ、面倒な握手攻めに遭うよりいいか、とコロコは考えた。
ゴルが露払いのように先頭に立ちつつ、コロコを振り返る。
「それにしてもラグネの金色の翼は初めて見たな。ありゃいったい何だったんだ?」
「さあ……。私もあんなの見たことなかったから、呆然としちゃった」
チャムが興奮して両手を握り締める。
「天使ですよ! ラグネさんは天使だったんです!」
ボンボが苦笑した。彼女の言葉に幼いものを感じたからだ。
「じゃあおいらが死んだら天国で迎えてくれるかもな。それもいいかも」
冒険者ギルドが見えてきた。高さより幅を重視したレンガ造りだ。空は澄み渡った青色だった。
「ごめんくださーい」
ゴルがドアを開いてなかに入った。途端にひとりの美形が声をかけてくる。ゴルに対してではなく、その後ろのコロコに対して、だ。
『疾風剣士』クローゴである。武闘大会で二刀流を使い準決勝まで上り詰めた、前回大会優勝者だ。
「やあ、コロコ。待っていたよ」
「こんにちは。私に何か用?」
クローゴは黒い髪の毛をかき上げた。洗練された動作である。
「ほかでもない。僕のハーレムに加わらないか? お前にはその資格がある」
「興味ないよ」
あっさりあしらい、コロコはその横を素通りした。
続いてやってきたヨコラに、またクローゴは質問する。