0078アーサーの復讐03(1792字)
「セイロー侯の息子のアーサーも、俺を殺そうとした共犯者だ。近衛隊長!」
「はっ!」
「このものを逮捕して拷問にかけよ。きっと最後には、セイロー侯が毒を盛ったことを白状するはずだ」
「御意!」
俺は縄にかけられて、食堂の外へと連れ出される。肩越しに振り返って最後に見たものは、父セイローの血だるまの死体だった。
「父さん……!」
俺は泣かなかった。それを大幅に超える圧倒的な怒りが、胸のなかで渦巻いていたからだ。
俺は居合わせなかったが、午後の討議では選帝侯5名による投票が行なわれた。結果は最多3票を獲得したヤッキュの勝利に終わった。ザーブラとイヒコは「まだまし」な自分自身に投票していたらしい。ヤッキュは事前に彼ら以外へ根回しをしていたのだろうか、本当のところは分からない。
ただこれで、第25代ロプシア帝国皇帝の座はヤッキュの手中に収まった。
俺は手酷い拷問を受けた。僧侶の回復魔法をかけられながら、爪を剥ぐ、腕を斬り落とす、指を一本一本折っていくなどの責め苦を味わわされた。凄まじい激痛、苦痛に、俺は発狂しないのが自分でも不思議に思われたぐらいだった。
「お前が毒を用意して父セイロー侯に渡したんだろう? さっさと認めろ! そうすればこれ以上痛めつけられないで済むぞ?」
刑吏の問いかけに、俺は首を振る。
「俺はそんな真似はしていない……」
俺は耐えに耐えて否定し続けた。
2日ほど経った頃だった。ザンゼイン大公ザーブラが俺の目の前に現れたのは。
「よく我慢したな。俺が助けたこと、誰にも言うなよ」
俺は縄を解かれて回復魔法をかけられる。
「何で俺を助けるんですか?」
「やはりヤッキュ侯が、皇帝の座欲しさにセイロー侯を刺殺し、自分が用意した毒を自分のスープに混ぜてセイロー侯に罪をかぶせた。そう見たからだ」
「刑吏と僧侶は?」
「金を渡してある。さあ、逃げるがいい」
「後で見つかったら大変ですよ」
「新皇帝ヤッキュさまの恩赦にすがるさ」
即位したのか、あの男が……! 俺は初めて泣いた。悔しくて悔しくて、唇を噛み切りそうなほど噛み締めた。ザーブラは静かに黙すのみだ。
俺は仮面と装備一式、駿馬をもらい、名前をハルドといつわる。そうして帝城から脱出した。ザーブラ大公への感謝とヤッキュ新皇帝への殺意を抱きながら、逃亡の日々を開始したんだ……
ヤッキュは4ヶ国を束ねる支配者だ。常に護衛の兵士や魔法使いたちに囲まれて、一般人は接近することさえ難しい。
俺はヤッキュ皇帝さえ殺せれば後はもうどうなってもいい、とにかく奴を殺したい、と願っていた。各地で傭兵の仕事についたり、あのエヌジーの街の町長レヤンに雇われたりして金を稼ぎつつ、流浪の日々を送った。
そして俺は、ラアラの街の行事『昇竜祭』に目をつける。祭りで催される武闘大会では、優勝者・準優勝者に、ときの皇帝自らが賞杯を渡す機会があるというではないか。
これなら決勝戦までいければ、閉会式で皇帝を最接近で殺すことができる。だが、殺した後は逃げ場もなく兵士たちに殺されるだろう。
しかし構うものか。ヤッキュさえ殺せれば、俺の命などどうでもいい……!!
ハルド――アーサーは語り終えた。
そうだったんだ。ラグネは改めて納得する。まさにヤッキュ皇帝を殺害するために、アーサーは武闘大会へ出場したのだ。その執念、怨念の深さはすさまじいものがあった。
でも、待った。
「じゃあ決勝戦のコロコさんとの試合は、余計だったんじゃないですか? 2位でも皇帝陛下には近づけますから」
アーサーは手を振った。憑きものから解放されて、今の彼は魅力的に見える。
「いや、あそこまでいったら優勝を狙ってたよ。『最強』の座はほしかったからな。負けてしまったが」
それより、と彼は要請してきた。
「俺を助けた以上、最後まで面倒をみてもらいたいな。俺を乗せて、ザンゼイン大公ザーブラ殿下のもとへ向かってほしい。2年前、俺を助けてくれたお方だからな。きっと今回もかくまってくれるだろう。皇帝の訃報を伝える早馬より先にたどり着ければ、選帝侯として帝城へ向かう前の殿下に接触できるはずだ」
彼はいい加減くたびれた喉を水筒の水でうるおした。ラグネは神妙にうなずく。
「分かりました。お運びします」
本当はすぐにでもコロコとボンボの元に戻りたかったが、大逆罪を犯したアーサーを助けた以上、自分も追われる立場となったのだ。そのことを忘れるわけにはいかなかった。