0077アーサーの復讐02(1711字)
しかし、ひとりコルシーン国国王ヤッキュだけは、次期皇帝への野心を露わにしていた。そう、あのハゲタカ野郎だ。奴は慣例どおりに投票を行なうべきだと粘り強く主張した。
「真に次期皇帝にふさわしいかどうか、判断の根拠を作っておくべきだろう」
ほかの選帝侯は苦りきった顔をしたが、奴が述べているのは確かに正論だ。しぶしぶ午後の討議で投票にかけることを約束した。5-1で俺の父セイローに決まることは分かりきっていたがな。
昼の休憩時間になり、選帝侯は各々の控え室へ戻った。俺の父セイローは、これはよい機会だと、各侯のもとへ俺を連れていき、顔を覚えてもらおうとした。俺は18歳で、騎士叙任を受けてからは初の公の場だ。今思えば、そうした父の動向を、ヤッキュは正確に把握していたんだろうな。
俺は父セイローとともにあいさつ回りをした。みんな好反応で、さすがに普通の貴族より度量が広い。特にザンゼイン大公ザーブラは、顔をほころばせて喜んでくれたっけ。
「若い力は国政でも必要だ。何でも新陳代謝が求められるというものだからな」
だがあいつは――ヤッキュだけは、傲岸不遜な態度を取った。椅子から立ち上がることもなく、しかめっ面で俺をにらんでいた。俺は奴の大人げなさに内心辟易したが、努力して平身低頭を守ったものだ。
奴は薄汚いドブネズミを見る目で言った。
「まあ、覚えておこう」
ヤッキュの非礼に父セイローもかっとなったが、俺が父を抑える形で退出した。
そして昼食の時間となった。大食堂に集まった選帝侯たち6名は、名前入りのプレートにしたがって、それぞれ席に着く。俺は兵士たちと列して不動でそのさまを見守っていた。
それにしても兵士の数が多いな……
俺は違和感を抱いていた。小姓の給仕よりも、槍と剣で武装した近衛兵のほうが数で上回ったぐらいだ。それでも俺は、ここが帝城だからだろう、と自分を納得させた。
異変は直後に起こった。
何と兵士たちが俺の父セイロー目がけて、突然襲いかかったのだ。
「ぐわああっ!!」
槍ぶすまで、父はあっという間に殺害された。あたりを血で染める壮絶な死だった。俺は悲鳴を上げる。
「父さーんっ!」
そして驚愕と保身で動けぬ選帝侯たちに、ヤッキュが鋭く叫んだ。
「セイロー侯が俺の食事に毒を混ぜた! 明確な敵対行為だ! よってここに誅殺した! 選帝侯のみなは動かれぬように!」
どうやら食堂の兵士の多さは、ヤッキュによるものらしい。彼らが俺の父を殺したのもヤッキュの指示だ。俺は父のもとに向かった。もはや息をしておらず、完全に死んでいる。回復魔法をかけてもらう暇もなかった。
「よくも……よくも!」
俺はヤッキュに斬りかかろうと腰のものを抜こうとした。だが長剣も短剣も、食堂に入る際に衛兵に渡してしまっている。仕方なく俺は素手で奴に殴りかかろうとした。だが衛兵に取り押さえられ、床にねじ伏せられる。
「ぐっ……! くそ……っ!」
ヤッキュの演説は続いていた。
「おい、そこの給仕。俺に用意されたスープを飲んでみせよ」
給仕はいきなり毒見役を振られて顔面蒼白だった。だが選帝侯の命令には逆らえない。恐怖でぶるぶる震えながら、思い切ってヤッキュのスープをスプーンで飲み下した。
その途端。
「ぎゃあああっ!」
給仕は血の塊を吐き出した。スプーンを放り投げ、床に転がってのた打ち回る。やがて動かなくなった。こと切れたのだ。毒は確かに混ぜられていたらしい。
ザンゼイン大公ザーブラが、ヤッキュに質問した。
「セイロー侯が毒を混ぜたという証拠はあるのか?」
ヤッキュは自信満々だ。
「先ほどセイロー侯が息子のアーサーを連れてあいさつ回りしていた。貴公らにもうかがっただろう? そのときセイロー侯が我が部屋に小瓶を落としていったのだ。調べてみたら、それは何と毒だった。中身はすでにほとんど使われた後だった……」
その毒をヤッキュのスープに混ぜたというのか。ふざけるな。そんな小瓶など知らないし、父がヤッキュを殺そうとするはずもない。父はそんな卑小な人物ではなかった。
「おのれ……っ!」
俺はぶち切れて立ち上がろうとする。だが兵士たちにより強く抑え込まれるだけに終わった。
ヤッキュはその俺を見下ろす。傲然としていた。




