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0075『昇竜祭』武闘大会34(3026字)

「ぐっ……!」


 コロコは神経を剣山でかき回されるような激痛に耐えて、思い切り引っ張った。五指が削ぎ落とされたが、ハルドの体がこちらへ前のめりになる。


「食らえぇーっ!!」


 コロコの右足が、ハルドのみぞおちに凄まじい勢いで叩きつけられた。えぐった、という表現が正しいかもしれない、強烈無比な一撃だった。


 奥義『無刀取り』の片腕版である。追い詰められたコロコの苦肉の、しかしよく考えられた捨て身の技だった。


「がはっ……!!」


 ハルドが槍を手放し、血反吐をはいて倒れる。内蔵が破裂したのか、もがき苦しんで七転八倒した。


 これはもう戦闘不能だろう。主審はそう判断したようで、あわてて試合を止めた。


「決勝戦、勝者、コロコ!」


 静寂を迎えていた会場は、その主審の大音じょうで一気に爆発した。大歓声は頭上に千切れている雲を吹き飛ばすかのごとくだ。人々はあまりの激しい戦いに感激し、感謝し、嗚咽し、号泣するものまで現れた。


 凄惨だが美しくもある試合の結末は、かつて誰も成し遂げられなかった『女性選手の優勝』だ。仁王立ちして回復魔法を受けているコロコは、まるで神話世界における戦いの女神のようだった。観客の誰もが彼女を称賛してやまない。大地のうねりのような拍手がコロコに注がれ、大観衆は彼女の勇姿と偉業を目と心に焼き付けようとする。


 準優勝に終わったハルドは、治療も終わって立ち上がっていた。辛酸を舐めた悔しさを、戦い抜いた達成感が上回ったらしい。その表情は――口元だけだったが――晴れやかだった。


「おめでとうコロコ。どうやら俺はまだまだ修行が足りなかったらしい。でも、楽しい手合わせだった」


「私も楽しかった。ありがとう、ハルドさん」


 ふたりはにこやかに握手する。ハルドが尋ねてきた。


「それで、戦う理由は見つかったか? 賞金以外に……」


「そうね……」


 そのとき、コロコはその闘場の中心で、僧侶ラグネを見やった。彼は皇帝のそばで泣きじゃくっている。相変わらず泣き虫だね。勝ったよ。私のために泣いてくれてありがとう。コロコは心のなかでくすりと笑った。


「好きな人に喜んでもらうため、かな」


 万雷の拍手が彼女らを包み込んでいる。




「コロコ……! コロコ……!」


 一般席の魔物使いボンボが、涙を流して喜んでいる。賢者チャムも、『怪力戦士』ゴルも、『魔法剣士』ヨコラも、涙腺(るいせん)を制御できずにいた。


「よかった……一番の武闘家です、コロコさんは……!」


「我はどのみち優勝できなかったのだな。あのふたりの戦いを目の当たりにしてしまうと、な……」


「よくやったコロコ、ハルド。あいつらは本当に凄い……。あたしもまだまだってところだな」




 会場は決勝戦が終わったというのに、帰る客はほとんどいなかった。ロプシア帝国第25代皇帝ヤッキュ陛下が、賞金目録と賞杯をふたりに手渡す、授与式が残っていたからだ。


 ヤッキュ皇帝は満場の客の前で、広場に降り立った。槍を抱えた20名近い近衛隊のなかに、ラグネの姿もある。サラム町長による宣言が行なわれた。


「ただいまより、我らが親愛なるいと(たっと)き雲上のお方、第25代皇帝ヤッキュ陛下がご褒美をくだされる。まずは準優勝者、ハルドよ前へ!」


 客席からは、惜しくも敗れたとはいえ、素晴らしい戦いを見せてくれた準優勝者にねぎらいの拍手が送られる。ハルドが短槍を(たずさ)えたまま進み出て、小さな台の上に立つヤッキュ皇帝の前に立った。


 そのまま動かない。サラム町長がけわしく注意した。


「どうしたハルド。無礼であるぞ。ひざまずいて武器を置き、こうべを垂れぬか」


 そのときだった。ハルドがいきなり自身の仮面に手を当てて、それを脱いだのだ。緑色の髪ごと、木製の面は放り捨てられる。


 そこには切れ長の目に流麗な輪郭の顔があった。高い鼻筋に薄い唇は神によって造形されたかのようだ。短い銀髪だった。


「このときを待っていた。俺の顔を忘れたとは言わさんぞ」


 ヤッキュ皇帝の顔は、まず呆けて、次に理解の色が浮かび、最後に深甚(しんじん)たる恐怖がよぎる。


「まさか、セイローの息子……!」


 次の瞬間、ヤッキュ皇帝の左胸に短槍の穂先が突き刺さっていた。それは背中から飛び出し、血のシャワーを噴出させる。


「ぐぼぁっ!!」


 そのまま彼の体を持ち上げたハルドは、振り返りつつ脳天から地面に叩きつけた。ボキリと首の骨の折れる音がする。


 観客がこの『皇帝殺し』にどよめいた。怒声と悲鳴が広大な空間に密集し、大気を破壊するかと思われる。


「な、何をするっ!」


 あまりの早業(はやわざ)に、その非現実的な光景に我を忘れて見入ってしまっていた近衛隊員たちが、いっせいにハルドに槍を向けた。コロコとラグネは、それでようやく意識がはっきりする。


「ハルドさん、な、何で!?」


 ハルドは、もう回復魔法では(いや)せない皇帝を前に、おかしそうに高笑いした。


「はははははっ!」


「おのれ、()れ者めっ!」


 3本の槍がハルドの背中に刺さった。血がほとばしり、ハルドがうめく。


「がはぁっ……!」


「ハルドさーんっ!」


 ラグネは思わず叫んでいた。皇帝を殺したハルドが悪い、それは分かっている。この場で近衛隊に殺されても仕方ない、それも分かっている。ラグネ自身も皇帝の護衛を任されていたのに、何もできなかった。それだって分かっている。


 でも、でも……! あの人格者のハルドさんを、その言い分も聞かずに殺害したって、意味がないじゃないか。


 ラグネの背中に(たる)の大きさの光球が発生した。そこから光の矢の豪雨が飛び出す。それは近衛隊の面々の槍を破壊して、ハルドの体に刺さっていたそれも消滅させた。


「なっ、何だ!? 何が起きているんだっ!?」


「今の光は何だっ!?」


「に、逃げろぉっ!」


 会場は大混乱に(おちい)る。そのなかで、ラグネは急いでハルドのもとへ駆けていった。コロコがラグネに叫ぶ。


「ラグネっ! 何をする気!?」


 ラグネは瀕死の状態で寝ているハルドを抱きかかえた。彼らを近衛隊の面々が取り囲む。


「おのれっ、貴様、ハルドの仲間だったのか!」


 ハルドが虫の息でラグネにささやいた。


「馬鹿な……ラグネ、お前は関係ない。俺を助けるな……」


「でも、間違ってます!」


 四方八方は敵だらけだ。ラグネはほぼ本能のまま、脱出する術を頭に思い描いた。すると背中側に浮かんでいた光球が、胴体に吸い込まれる感覚が走る。


 すると、そこから金色の巨大な翼が左右に広がった。美麗な、けがれひとつない無垢な鳥の羽。


「な、何だあれはっ!?」


 近衛隊もコロコもその美しさに見ほれて、一瞬我を忘れる。観客たちも右にならえだった。そのなかで、ラグネはハルドを抱いたまま羽を羽ばたかせた。宙に浮き上がる。


 近衛隊長が我に返って怒鳴った。


「逃がすな! 取り押さえろっ!」


 だがラグネの上昇のほうが早い。彼はハルドとともに、コロシアムの上空に舞い上がった。コロコが月夜を見上げる。


「ラグネーっ!!」


 ラグネはそのまま飛翔して、会場の外へと逃れていった。会場の客もコロコも近衛隊も、ただ呆然と見送るしかない。


 審判団はさっきから皇帝の亡きがらに回復魔法をかけているが、一度失われた命を取り戻す術はなかった……




 こうして『昇竜祭』武闘大会は幕を閉じた。『夢幻流武闘家』コロコ、魔物使いボンボ、『怪力戦士』ゴル、『魔法剣士』ヨコラ、賢者チャムたちは、ラグネやハルドと仲間だったということもあり、厳重な取り調べを受けることになった。


 いっぽう皇帝ヤッキュ崩御の知らせは帝国中に飛び交い、次期皇帝の座を狙う有力貴族諸侯が蠢動(しゅんどう)し始めた……


(続く)

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