0074『昇竜祭』武闘大会33(2255字)
「うぐっ!」
コロコにとって幸いだったのが、左の正拳突きが多少は効いていて、ハルドの返しが全力ではなかったことだ。コロコはよろけて後退し、また闘技場の壁を背負うことになった。
いっぽうハルドは少し動きが鈍っているが、意気軒昂と立ち上がる。再び短槍を左脇に構え、どっしりと重心を落とした。
会場のボルテージが急上昇する。白熱の試合はハルドの絶対的有利で進んでいた。追い詰められるコロコの姿を見て、彼女に賭けている客が声を嗄らして応援する。
魔物使いボンボは劣勢のコロコを見つめるのが辛く、目を閉じてひたすら神さまに祈っていた。賢者チャム、『怪力戦士』ゴル、『魔法剣士』ヨコラの3人は大声でコロコとハルドそれぞれに声援を飛ばしている。
ヤッキュ皇帝の手前、声を出すことは控えたが、僧侶ラグネはハラハラしながらコロコの戦いを見つめていた。頑張って、コロコさん……!
ハルドがコロコににじり寄る。その声が厳しい。
「さっきと同じようにはいかない。次で必ずしとめさせてもらう」
少し柔らかい声音になった。
「どうだコロコ、降参しないか? 仲間で女であるお前をこれ以上傷つけるのは気が引ける」
コロコは強がりな笑みを浮かべる。
「冗談……!」
コロコはへその上と右耳、右足を斬られて満身創痍だ。特に右足の怪我は致命的で、以前のような機動力を維持できるのかはなはだ疑問だった。それでも、自分から降参を言うのはまだまだ早い、と彼女は考えている。
ハルドがすり足で間合いのなかに入ってきた。
「では痛い目に遭ってもらおうか……!」
次に放たれた突きは、先ほどの失敗から用心したらしく、コロコのへその下へと目標を変えている。これならコロコに下から拳で弾かれる心配もない、ということだろう。
だが、それはコロコには願ったりかなったりの攻撃だった。凄まじい反射神経で見切った彼女は、両篭手を上から穂へ押し潰すように叩きつけつつ、壁を蹴って前方宙返りする。ハルドの短槍がむなしく壁を突く音がした。そしてコロコは、ありったけの力を込めて、左足かかとをハルドの脳天に炸裂させた。重たい衝撃音が響き渡る。
「ぐは……っ!」
ハルドは緑色の髪を揺らし、ほとんど腰砕けになってよろめき後退した。
コロコは一発逆転の技を決めて、会心の笑みを輝かせる。成功確率は五分五分、最悪致命的な一撃を受けていたかもしれない。それでもコロコは己の力量を信じ、賭け、見事に成し遂げたのだ。
「タントやヨコラの試合を観ていなかったの?」
コロコはゆらりと立ち上がる。このかかと落としはタントとヨコラが試合で見せていたものだ。ハルドへの、少し意地の悪い返しだった。
「うぐ……っ、くそっ……」
ハルドは短槍にすがりつくようにして、両足をふらつかせている。まるで酔っ払いの千鳥足だ。擬態ではなかろう。コロコは傷の痛みをこらえて突進し、ハルドの顔面へパンチを叩き込んだ。木製の仮面にひびが入り、ハルドは鼻血を流してよろめく。
攻守は逆転した。コロコは優勢となり、ハルドをめった打ちにしていく。胸、脇腹、顎へと篭手をぶち込んでいった。闘場は興奮のるつぼと化している。歓声と奇声と悲鳴と嘆声が入り混じり、決勝戦の盛り上がりは今、最高潮となっていた。
しかしそんな熱狂とは裏腹に、コロコは焦りに似たものが胸郭を満たしていくのを覚えた。ハルドは常日頃から格闘技の修練もしているのか、短槍の柄を盾代わりにして、決定的な一打を決めさせないのだ。コロコが豪腕を振るうたびに、必ず短槍が邪魔をして、拳に100パーセントの体重を乗せられない。
まさに今、今のうちに倒さないと、ハルド相手の勝機を逸してしまうのに……!
次第にハルドの動きに鋭利さが戻ってくる。持ち直してきているのは明らかだった。いっぽう決定打を与えられないまま、コロコは攻め疲れを起こし始めている。右足の激痛を我慢するのも、もう限界に達していた。
ハルドがそれを見逃すわけもない。彼は手首のスナップを利かせた斬撃で、コロコの左上腕を切りつけた。
「ぐうっ!」
かなり深い裂傷が、彼女の皮膚と肉を断って刻まれた。コロコは顔をしかめつつ後方へ跳躍して、大流血する左腕を手で押さえる。あまりの痛みに吐き気がした。
左腕が上がらない。コロコは絶望的な思いでその事実を認識した。もう使い物にならないのだろう。奥義『無刀取り』はできない。では右腕一本でどうやって対抗する? 降参するべきだろうか?
そのとき、コロコの瞳にある人物の姿が映った。ラグネだ。ひときわ明るい皇帝の玉座周りで、白無垢のチュニックを着ているラグネ。彼は心細そうに、でもしっかりとコロコの戦いを見ている。
そうだね。私はパーティーリーダーなんだもの。最後の最後まで戦う姿勢を披露しないとね。
ハルドが短槍を左脇に構え、腰を落とす。だがさっきのめった打ちが効いているのか、その足元はまだおぼつかない。
「コロコ、悪いが『最強』は俺だ」
「いいえ、私よ」
互いに流血しながら間合いを詰めていった。観客はふたりの、ボロボロになりながらも戦いをやめない魂に、恐怖すら覚えたらしい。闘技場はまるで海が凪いだように静まり返った。
右回りに近づきながら、とうとう一足一刀の間境に入る。
ハルドが神速の一歩を踏み込んだ。電光石火の早業で、穂先がコロコの腹を突き破る――
いや、突き破ろうとした。ハルドが驚愕の声を上げる。
「何ぃっ!?」
何とコロコは、右の篭手の内側――素手の部分で、ハルドの短槍の穂の部分をつかんだのだ。当然コロコの五指は、深く食い込んだ刃で出血する。




