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0073『昇竜祭』武闘大会32(2281字)

「闘技場には最大3万人の客が押しかけます。そのなかには陛下のお命を狙う不埒(ふらち)(やから)が紛れていないとも限りません」


「そのとおりだ」


「そこでどうでしょう? 今夜だけ、ラグネに護衛をさせてみては」


 ラグネは目をしばたたいて、コロコの美しい横顔を眺める。どうやら助け舟を出してくれているようだ。サラム町長が話に乗っかった。


「そうです、陛下。準決勝と決勝を観戦し、その後に目録を渡して称える段まで、ラグネを警護の任につかせるのです。そうすれば、一時の護衛としては適格でも、生涯の護衛としては不適格だということがお分かりいただけるかと」


 ヤッキュ皇帝は沈黙する。こつこつと、人差し指で机を叩く音が続いた。まわりの近衛兵たちも、ことの次第によってはラグネを殺さねばならない。だが、あの恐ろしい光の矢を使う相手を殺せるだろうか? 緊張が薄い幕のように、辺りにたゆたった。


 それを破ったのは皇帝の言葉だ。


「……そうだな、ではそのようにしよう」


 サラム町長もラグネもコロコも、等しく安堵した。短気な皇帝のご機嫌取りに、いい加減疲れさせられた3人だった。


 皇帝は小姓に、落ちたイチゴと割れた皿の掃除を命じた。


「ラグネは置いていけ。汚い格好をしているから、後で白無垢のチュニックでも着させよう。コロコとサラムは、闘場へ行って試合の準備をするがよい」


「ははぁっ!」


 ラグネは窓の外を見る。もうじき日暮れだった。




「これより第18回『昇竜祭』武闘大会、決勝戦を行ないます!」


 サラム町長はそう宣言すると、正門にさっさと引っ込んだ。主審が肺を酷使して、街全体に響くような大声を撃ち出す。


「『昇竜祭』武闘大会決勝戦、『夢幻流武闘家』コロコ/篭手 対 『傭兵戦士』ハルド/短槍!」


 3万(つい)の瞳が見つめるなか、主審は手刀を振り上げ――


「始め!」


 振り下ろした。それぞれの得物を構えたふたりに、大観衆が熱狂する。


「頼むぞハルド! さっさと半殺しにしちまえっ!」


「コロコ、お前に賭けてんだ! がっかりさせるなよっ!」


「どっちも頑張れーっ!」


 コロコとハルドはじりじり距離を詰めていく。短いとはいえ槍を操るハルドと、篭手(こて)のコロコでは、リーチの差が如実(にょじつ)に表れる。体格だけでも十分すぎるほど差があるというのに……


 コロコは短槍を左脇に構えたハルドが、まるで巨岩(きょがん)のように見えた。思っていたより圧力が凄い。先ほどの『疾風剣士』クローゴとの戦いで、また新たな境地に達したかのようだ。


 コロコはじりじりと後退し始める。攻めあぐねていた。ハルドが口の端を吊り上げる。


「そちらがこないなら、こちらからいくぞ」


 ハルドがすり足で踏み込んできた。下からすくい上げるように、穂先の斬撃を放つ。コロコは左後方へ跳躍してかわした。そこへ、今度は上から押しつぶすように槍が空を切り裂く。これもコロコは同じようにバックステップで回避した。


 しかしハルドが素早く追いかける。今度はしっかり体重の乗った突きだ。コロコはここだ、とばかりに篭手で穂を弾き返した。


「ぬっ」


「もらった!」


 一気にふところへ入ろうとしたコロコだったが、それより短槍の引きのほうが速かった。危険を察知したコロコが、再度の突きを半身でかわす。だがへその辺りを切られ、出血してしまった。


「くっ……!」


 そのままハルドが強引になぎ払おうとするのを、交差した篭手で防ぐ。だがハルドは力任せに振りぬき、コロコを吹っ飛ばした。コロコは転がるも、すぐ起き上がって体勢を立て直す。


 強い……!


 コロコは血を流すお腹を押さえた。顎に伝った汗が地面に落ちる。これが本当のハルドの力なら、エヌジーの街ではずいぶん手加減されたものだった。


 落ち着け。少し浅手(あさで)を受けただけだ。私はまだ上手く戦えている。それを持続して隙をうかがうんだ。


 観衆はいつの間にか超満員に戻っていた。『怪物』カーシズ死去の報で帰ってしまった人々が、ただひたすら決勝戦を観たい客と入れ替わったのだ。


 春のコロシアムはあまりの熱気で暑いぐらいだ。ヤッキュ皇帝夫妻が見守るなかで、コロコとハルドは再び間合いの取り合いを始める。


 ハルドは短槍を蛇の舌のように細かく繰り出した。コロコはそれを嫌って後退する。彼女の背中に何かがぶつかった。


「なっ……!」


 いつの間にか闘技場の端に追い詰められていた。いけない、これでは短槍の餌食(えじき)になるのを待つだけだ。動かなければ。


 コロコは焦燥から右回りに回り込もうとする。だがハルドは巧みで正確な足さばきでそれを許さない。


「つまらない試合になってしまったな」


 ハルドはいかにも残念そうにこぼすと、とどめの突きを放とうとした。


 コロコは一か八か、呼吸を合わせて突っ込もうとする。


「はあっ!」


「でやっ!」


 ハルドはコロコの胴体のど真ん中、みぞおちを狙って突きを飛ばした。もっとも確実な刺突であり、間違いなく命中する箇所だ。


 しかしそれは、コロコの予測の範囲内に収まっていた。自分が相手の立場なら、必ずそうするだろうと彼女は考えたのだ。


 コロコは篭手の拳で槍の穂を突き上げた。穂先は彼女の右耳を斬りながら()れる。その激痛に奥歯を噛み締めながら、左の正拳突きをハルドの顎に見舞った。


「ぐあっ!」


 派手な重低音とともに、ハルドが吹っ飛ぶ。手応えがあった。コロコは仰向けに倒れたハルドへ、追撃の蹴りを食らわせようとする。


 だが――


「さっきの試合を観ていなかったのか?」


 余裕あふれるハルドの声とともに、コロコの足に激しい痛みが走った。ハルドが上体を起こしながら、短く握った短槍の穂先で、コロコの右足を斬りつけたのだ――まるで短剣のように。『疾風剣士』クローゴを追い詰めたのと同じ技だった。

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