0072『昇竜祭』武闘大会31(2147字)
ラアラの街には選手宿舎のように、貴族諸侯の宿舎も用意されていた。そのなかでも一番豪奢で壮観な建物に、サラム町長とラグネ、コロコは到着する。ラグネは縄でぐるぐる巻きに縛られていた。
サラム町長が番兵に取り次ぐと、現在ヤッキュ皇帝は皇后とともに午後の謁見を終えたばかりだという。そこは『昇竜祭』武闘大会総責任者、町長の権力がものをいったようだ。大会照覧前の隙間時間なら、短い間だがお目にかかっても構わないとのことだった。
こうして付き添いの憲兵隊を外に待たせ、サラム町長たち3人は建物のなかに入る。この屋内では皇帝の権力がどんなものよりも優先されるのだ。
「どうしたサラム町長。まだ準決勝の時刻でもなかろうに」
ヤッキュ皇帝は皇后とともに、食堂でイチゴを食べていた。腹が出ている。ハゲタカのような外見だった。
それにしても、部屋に詰めている近衛兵たちは凄い数だ。さすがに皇帝ともなると、護衛の数も桁違いになるんだ。ラグネは感心する。
サラム町長とコロコがひざまずいたので、ラグネも慌てて真似をした。
「実はこのラグネなる冒険者が、『怪物』カーシズを黄泉へと葬りました」
ヤッキュ皇帝の顔色が変わる。食事の手を止めた。
「まことか? あのカーシズを!? どうやって?」
もっともな質問である。町長がラグネの前に、自身の短剣を鞘ごと置いた。
「これをマジック・ミサイルで消滅させてみろ」
「お……怒らないですか?」
「当たり前だ。やってくれ」
ラグネはコロコにすがるような目を向ける。彼女はうなずいた。
「やってみせて。くれぐれも、短剣以外に命中させないように、ね」
「分かりました」
ラグネは背後に樽のような大きさの光球を現出させる。皇帝夫妻が、近衛兵たちが、一斉に驚いた。ラグネは光の矢を発射し、短剣に炸裂させる。短剣は床の一部とともに、あっさり消滅した。
「何と……!」
ヤッキュ皇帝があまりのことに愕然としている。魔法は普通、詠唱の時間がかかってしまうのに、玉ねぎ頭の少年が今見せた技は、即出現・即攻撃だった。一瞬の遅滞もない。
サラム町長が自分のことでもないのに、どこか誇らしげに自慢した。
「名づけて『マジック・ミサイル・ランチャー』。幾多の怪物を滅ぼしてきた、僧侶ラグネの必殺技です。彼をどう処遇するか、陛下のご判断をお頂きたいのです」
ラグネは光球を消去して再びひざまずく。ほかでもない、このロプシア帝国の最高実力者相手にマジック・ミサイルを披露したのだ。果たして話はどう転ぶのか。正直さっぱり分からなかった。
だがその答えは、拍手によって知らされる。皇帝が両目を輝かせ、手を叩いていた。
「凄いぞ! そうか町長、貴殿は余の護衛に、このラグネなる少年をつかせたいと思っておるのだな!」
あれれ。妙な方向にいったぞ。ラグネは背中に冷や汗をかいた。皇帝は止まらず、立ち上がって興味と好奇心と興奮のブレンドされた表情を作り出す。
「どうだラグネ、冒険者などやめて余の近衛隊に入らぬか? 金が欲しいならいくらでもやるぞ。どうだ、悪い話じゃないだろう」
ラグネはその人生のなかでも、これ以上ないぐらい困惑した。近衛隊に入れば冒険者など比較にならないぐらいお金を稼げるんだろうし、サラム町長はこの一件で皇帝に貸しを作っておきたかったんだろうし――
でも、僕にはかけがえのないボンボさんとコロコさんがいる。彼らと離れ離れにはなりたくなかった。それは心の底からの本音だ。だから、怖かったけれどこう言った。
「……ごめんなさい。僕は冒険者でいたいです」
その瞬間の皇帝の激変には、のちのちの人生でも夢に見そうな恐ろしさを覚える。ヤッキュ皇帝はまなじりを決して、聞くものが腹の奥から震え上がるような怒声を発した。
「何だと!? 第25代ロプシア帝国皇帝にして、コルシーン国国王の余の誘いを断るだと!? 貴様、何さまのつもりだ!!」
イチゴの載っていた皿を床に叩きつける。こめかみに血管が浮いていた。
「近衛兵! 今すぐこの不届きものを殺し……」
「お待ちください!」
憤激する皇帝の言葉を、サラム町長がさえぎる。ストップをかけられたことで、ヤッキュ皇帝は一時的に彼へ矛先を向けた。
「何だ、サラム。お前も余に逆らうのか?」
「いいえ、滅相もない。私もラグネは陛下の護衛につくべきだと思ってました。もともとそうなるだろうと見越して、ここへ連れてまいったのです」
サラム町長は残念そうに首を振る。
「しかし、こやつは皇帝陛下の意に背いたことでもお分かりのとおり、生涯の守りとするには不適当かつ扱いづらいです。私も今気づかされました。また、こやつが本気になれば、この建物の住人だけでなく、このラアラの街の人々すべてを殺し尽くすことができましょう」
ヤッキュ皇帝が唾を飲み込んだ。町長の迫真の言葉に恐れをなしたのだ。
「ではどうする? お前は何が言いたい?」
ここで静観していたコロコが手を挙げた。
「陛下。私はコロコと申するもので、本日武闘大会の準決勝を戦います」
皇帝が椅子に座り直す。少し怒気が薄らいでいた。
「ふむ、その名は聞いておるぞ。あるいは今夜、余が賞金の目録を渡す相手となるかもな」
コロコは考える。この場を切り抜けるには、皇帝の矜持を傷つけず、かつ彼を納得させる必要があった。そのように話を誘導するのだ。