0071『昇竜祭』武闘大会30(2405字)
「私もラグネも犯人を倒しただけ。それが我慢ならないなら、どこへなりとしょっ引けばいいじゃない」
隊長は高齢だったが、人格者としてのふところは浅かった。
「それでは本当にしょっ引くとしよう。お前ら、ふたりを拘束しろ。ただし、コロコのほうは大切な武闘大会出場者だ。粗相のないようにな」
こうしてラグネとコロコはサラム町長の館へと連行されていった。そして判断がつくまではと、牢屋に別々に入れられる。
「あーあ、こんなことになるなら見回りなんてしなきゃよかった。ね、ラグネ?」
ふて寝するコロコを鉄格子越しに眺めながら、ラグネは体育座りで答えた。
「そうですね……。僕もやり過ぎました。斧だけをふっ飛ばせばよかったと、今では悔やんでいます」
「でもまあ……」
コロコは目を閉じたまま返事する。
「シトカの仇が討ててよかった。ありがとう、ラグネ」
彼女はやがて寝息を立て始めた。ラグネも横になって眠ろうとする。
「おい、起きろ」
鉄格子を連打する金属音に、ラグネは夢の世界から地上へ引き戻された。寝ぼけまなこをこすっていると、例の憲兵隊員たちがこちらをにらんでくる。
「サラム町長がじきじきにお前らと面会なさるそうだ。くれぐれも妙な気を起こすなよ」
コロコとラグネは手枷をはめられ、牢屋から出された。2階建ての地下から2階へと連れていかれる。夜はとっくに明けており、窓の外から人々のにぎわいが聞こえてきていた。
その途中、2階から同じように兵士に連行される、ドブネズミのような老人とすれ違う。ラグネはどこかで彼を見ている気がした。
「町長! 例の冒険者2名を引っ立ててまいりました!」
「入れ」
戸が開けられ、コロコとラグネは無理矢理ひざまずかされる。その前で、椅子に座ってこちらを見下ろしているのはまさにサラム町長だった。
紅色の癖毛は51歳の年齢にしては豊かだ。中肉中背で、着飾ることが嫌いなのか、あまり高価な服ではない。部屋のなかは本棚だらけで、読書の虫であることを暗に示していた。
「いろいろすまなかったな。先ほど捕まえたイオンからあれこれ聴取して、お前たちの言っていることが裏づけされた」
イオン? 誰のことだろう。ラグネは首を傾げた。それをサラム町長は目ざとく見つける。
「ああ、イオンというのは高名な魔物使いだ。さっきすれ違っただろう、あの黒いチュニックの老人だ」
そういえば2日目の夜、選手宿舎で歩いていたっけ。ラグネは得心がいった。でもそのイオンと今回の事件は、どう関係しているんだろう?
「まあともかく、手枷を外してやる」
兵士たちがコロコとラグネの拘束を解く。コロコはひざまずいたまま手首を撫でた。
「サラム町長、詳しく聞かせてください」
「うむ。……何でも『怪物』カーシズは、魔物使いイオンによって生み出された人造人間だったらしいのだ」
コロコとラグネは同時に目を瞠る。人間が人間を作ったというのか。
「カーシズは能力だけとれば凄まじい。それは大会でお前たちも目撃してきただろう。だが、生き続けるために、またさらに能力を高めるために、他人の――できれば名うての猛者の――脳みそを食らわなければならないそうだ」
だからゴックも、ルルンも、シトカも脳みそを取られたわけか。
「カーシズが帰ってこなかったことで失敗を悟ったイオンは、街の外へ逃れようとして憲兵に捕まった。それで、さっきまでわしが奴を尋問していたのだ。そういうわけで、お前らの言の正しいことが明らかになった。『技巧派剣士』シトカは残念だったが、お前らはその仇討ちを働いたことが確定したため、無罪放免とする」
ラグネは深く安堵した。コロコと顔を見合わせ、同時に微笑む。
「ただ……」
サラム町長はラグネに尋ねてきた。
「どうやってあの『怪物』カーシズを一方的に倒すことができたのだ? それにあの光。とてもランタンやたいまつの明かりではなかった、と憲兵隊員は語っている。どうだ? わしに話してみないか?」
どうしよう。ラグネはコロコに目顔で聞く。コロコは軽く首を振り、サラム町長に進言した。
「それは私たちの秘密です。私には武闘大会が、ラグネにはその応援が控えています。どうかこれにて退去させてください」
「わしはお前ではなくラグネに問うているのだ。口を挟むな」
「しかし……」
ここでラグネはコロコの前に腕を伸ばした。自分をかばってくれる彼女を制するのは申し訳なかったが、ラグネはサラム町長の人格を信じてみたかったのだ。それに、コロコには大事な『昇竜祭』武闘大会がある。彼女だけでも穏便に解放してほしかった。
「話します。最初から、今まで……」
もちろん自分が、旅芸人一座のミルクによって作られた人形を元としていることは伏せておく。そこまで話す必要はないと思った。
ラグネはこうして、マジック・ミサイル・ランチャーについてたどたどしく語っていった。『邪炎龍』バクデン、『魔人』ソダン、ゴブリンたちなどを倒してきた脅威の力。なぜ自分にそんなものが使えるのかは不明だった。最初は仲間が死んだときにしか生じなかったが、訓練することで自在に操れるようになった――
「ふむ」
ラグネがあらかた語り終えると、サラム町長は言った。
「ラグネ。お前をヤッキュ皇帝のもとへ連れていく」
これに強く反発したのはコロコだ。大声を上げて立ち上がった。
「ちょっと、サラム町長! 解放してくれるんじゃなかったんですか?」
「そんな約束はしていない。取りあえず分かったのは、ラグネの力がまともじゃないということだ。これについては、ヤッキュ陛下のご裁量にお任せしたい。大丈夫、わしの威信にかけて、悪いようにはせんよ」
コロコは譲らなかった。
「それなら私もついていきます。ラグネの安全が私の安心なので」
ラグネは心が温かくなるのを感じる。やっぱりこの人についてきてよかった。
サラム町長は椅子から立ち上がった。
「いいだろう。今、陛下は聖俗諸侯用の邸宅におわす。すぐ近くだ、一緒に行くぞ」