0007新しいパーティー01(2280字)
(2)新しいパーティー
ルモアの街は勇者ファーミの帰還で沸いていた。またも迷宮を攻略! 強力な魔人ソダンを撃破! 仲間ふたり――魔法使いシュゴウと賢者アリエルの仇を討つ!
歓喜のラッパが鳴り、色取り取りの花びらが宙に舞う。勇者をひと目見ようと、大勢の住民が大通りに繰り出していた。馬に揺られて冒険者ギルドへ向かうファーミとコダインは、だらしない笑顔で観衆に手を振る。
ルモアの街はコルシーン国のなかでも3番目に大きな都市だ。その都市の近くに現れた、魔物たちの地下迷宮。多くの冒険者たちが挑んで帰らなかったこのダンジョンも、勇者にかかればお手の物だ。
「きゃーっ、素敵ーっ!」
「勇者さーんっ! こっち向いてーっ!」
「うちに来てくださいよ、歓迎しますぜーっ!」
ファーミたちは愛想を振りまく。彼らは今、栄光の絶頂にあった。
いっぽうラグネとコロコ、ボンボは、街外れの安い居酒屋でひそやかに酒を飲んでいた。ここからでも聞こえる街中の喧騒に、ラグネは苦い顔で苦い酒を飲む。対照的な凱旋だった。でも、別にいいんだ。僕はアリエルさんを、結局救えなかったんだから――
コロコが酒をあおる。
「やれやれ、やんなっちゃうわね。本当はラグネが魔人を倒したっていうのに……」
「そうだよ。ラグネがいなければ、勇者一行もおいらたちも、あの玄室で殺されてたはずだからな」
ボンボはそう受けて、ぶどう酒を傾けた。
ラグネはそっと杯を掲げる。万感の思いを込めて言った。
「賢者アリエルさんのために」
コロコとボンボも酒杯を持ち上げ、彼らの死んだ仲間の名を口にした。
「戦士テレマ、僧侶ネンセイのために」
3人で酒をすする。この店の客はラグネたち以外にひとりもいなかった。みんな勇者ファーミを見物に行っているのだ。コロコはみんな偶像が好きなのよ、とぼやく。
「それよりさ、ラグネ。きみ、私とボンボと一緒にやっていかない? パーティー組んでさ」
勇者一行から追放され、唯一気がかりだった賢者アリエルは死んでしまった。今、ラグネはたったひとりだ。この誘いは渡りに船だといえた。
でも……
「いいんですか? 僕なんかで……」
ラグネは気おくれしていた。人間として、僕はあんまり魅力的ではないと思う。僧侶としても、勇者ファーミを怒らせる体たらくだ。それに……
「魔人ソダンを倒したマジック・ミサイルは、誰かが亡くならないと発動しないんです」
一番期待されているであろうことに、釘を刺しておかねばならなかった。
前回は『邪炎龍バクデン』との戦いで、魔法使いロンの死がきっかけだった。今回はアリエルの死。
「大切な仲間が殺されないと出ない力なんて、あってもしょうがないと思います。僕に過剰な期待をかけるのは、あんまり賢明ではないか、と……」
ひょい、とコロコが身を乗り出した。ラグネが反応する前に、彼の髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。
「何をうじうじ言ってるのよ。私はあんな最低の勇者なんかより、きみのほうが冒険者としても人間としても気に入ってるから、こうして口説いてるの。ねっ、ボンボ」
ボンボはその童顔をほころばせた。大きくうなずく。
「そのとおりだぜ、ラグネ。おいらたちと旅しよう。光の矢については、自在に使えるようになるまで練習すればいいだけのことだしな」
「はは、は……」
ラグネは泣けばいいのか笑えばいいのか分からず、結局それらの混合された表情を作った。
勇者一行から追放されたという十字架はかなり重い。今後僕とパーティーを組んでくれそうな冒険者は、現れるかどうかどうにも心許なかった。
だから、こうまで誘ってくれる手を、振り払うことはできない。
「……では、お願いします。自分でよければ、ぜひ」
「決まりね!」
コロコとボンボが杯を掲げた。目顔でラグネにも同様の行為を要求する。ラグネはそうした。
コロコが弾むような声で嬉しそうに音頭を取った。
「では、新しい仲間に乾杯!」
「乾杯!」
かちりと酒杯を合わせる。3人は浴びるように飲んだ。
コルシーン国を含むロプシア帝国の各街には、『冒険者ギルド』なる施設が設置されている。ここで冒険者として申請し登録されたものは、以後ギルドに届いた各種依頼を引き受けることができるようになる。
依頼は飼い犬の捜索から魔物退治、盗賊団の討伐、貴重品の運搬、そして今回の勇者ファーミのような迷宮攻略などなど、多岐に渡る。
依頼を受けてそれをこなした冒険者には、依頼主からギルドを通して報酬が与えられる。ギルドはそこから手数料をいただき、それを運営費に充てる。
冒険者ギルドはこのような仕組みで、冒険者たちの拠りどころとなっていた。通常各街のギルドには2名以上のギルドマスターが置かれ、依頼を引き受けたり、それを冒険者たちに紹介したり、寝床を用意したりするのが常となっている。
「すみません、寝床を用意してほしいのですが……」
酔いつぶれたラグネを、コロコとボンボが左右から支えている。酒は嫌いではないといっていたラグネだが、それと強い弱いは関係ないらしい。
ここルモアの街のギルドマスターは、グーンとスールドというふたりの男が担当していた。
グーンは枯れ木のようなやせっぽちだが、その緑色の目は鋭い光を放っている。白髪混じりの黒髪を後ろに撫でつけていた。
いっぽうスールドは、ごつい異相とそれを引き立てる口髭がよく調和していた。岩石のような体からは無尽の力が湧き出てきそうだ。長身なため威圧感があり、ギルドお仕着せの衣装をラフに着崩していた。
「ラグネ……! 大丈夫か?」
スールドが心配そうに声をかけてくる。コロコはその真摯な態度に、義務以上のものを感じていぶかしんだ。




