0069『昇竜祭』武闘大会28(2217字)
だが――
「待っていたぞ、その技を!」
ハルドはすでに『竜巻斬り』を2回、他人の試合で見ていた。返し技は考案している。
何とハルドは、自ら真後ろに倒れこんでいった。二本の刃が目の前を通り過ぎる。揃ったのはハルドの足だけではない。功を急いだクローゴの双剣もまた、揃ってしまっていたのだ。
倒れると同時に伏せていた短槍をずらし、柄と穂のきわをつかむ。そしてまるで短剣のように、自身の上体を起こしながら、クローゴの足へと繰り出した。
「ぐあっ!」
クローゴの右足が切り裂かれ、ぱっと血がほとばしる。激痛に苦悶するクローゴは、ハルドの上へ横向きに倒れ込んだ。客席から――おもに女性の――悲鳴が上がる。
『疾風剣士』はその奥義と機動力とを奪われた。だが試合はまだ終わっていない。クローゴは苦痛に唇を噛み締めながら、ハルドの上にまたがろうとする。
それはいい試みだった。成功すれば、いまだ手放さない双剣でハルドの喉を貫くことができただろう。
だが、それは失敗に終わった。
なぜならここで馬乗りになることは、ハルドの短槍をまたぐ形になることでもあると、クローゴが失念していたからだ。ハルドが叫ぶ。
「不敗の奥義、破れたりっ!」
そして、左手の柄を思い切り手前へ引っ張った。クローゴの右大腿部の裏が、短槍の穂先で深くえぐられる。
「ぐわぁっ!!」
今度こそ致命傷だった。深い切り口は骨まで及び、クローゴは大量に出血しながら仰向けに倒れる。ハルドは彼の下から這い出して、短槍を垂直に立てた。
「クローゴ、もうお前は立てないだろう。負けを認めろ」
「くっ……!」
見下ろすもの、見上げるもの。両者はしばらくにらみ合う。だがクローゴはさすがに、このまま失血死するのを選ぶような愚か者ではなかった。
「……分かった。お前の勝ちだよ、ハルド。降参だ」
主審がそのやり取りで示された勝敗を、観客たちに大音じょうで伝える。
「準決勝第2試合、勝者、ハルド!」
獅子の雄叫びが何重にも重なったような大歓声が、両雄に降り注がれた。万雷の拍手が鳴り止まない。そのなかで、審判団がふたりそれぞれに回復の魔法をかけた。ハルドの各所の傷が治癒され、クローゴの右目や右足が完治する。
美形の『疾風剣士』を応援していた女性客は、全員へこんで手を叩いていた。仮面の『傭兵戦士』を称える気持ちと、推しの敗北にがっかりする気持ちとがない交ぜになっている。男性客たちは賭けに負けて悔しがるもの、勝って喜ぶものさまざまだった。
騒然として治まらない会場だったが、戦ったふたりはにこやかに握手していた。
「おめでとう、ハルド。僕に勝つとはたいしたものだよ」
「ありがとう、クローゴ。これで俺の野望は果たされた」
クローゴが微苦笑する。妖艶だった。
「どうやらお前の『野望』とやらは、『最強になること』だったのかな? もしそうだとすれば、まだあの女――コロコとやらが最後の砦として残っているぞ」
ハルドは考え深げにつぶやく。
「そうだな、ここまできたら、それも目指すべきだろうな……」
「…………?」
クローゴは不得要領な顔で目をしばたたいた。しかし「まあいい」と独語すると、双剣をしまいながら正門へと戻っていった。
それをよそに、ハルドはその場にとどまる。回復魔法で体は万全だ。後は最後の試合を行なうだけだった。
「ハルドが勝った! すげー!」
魔物使いボンボが万歳して喜んだ。まさか仲間ふたりが『昇竜祭』武闘大会で決勝を争うとは、予想だにしていなかった。奇跡というより、それほどふたりが強かったということだろう。
「クローゴさん……」
こうしたボンボの手前、表立って泣き出すことは控えたが、賢者チャムはクローゴの敗退に落胆していた。推しが負けるとはこんなに悔しいものなのか。
『怪力戦士』ゴルと『魔法剣士』ヨコラはまだ拍手している。ゴルが白い歯を見せた。
「よかったな、ボンボ。あいつらは本当に凄い。決勝ではコロコとハルド、どっちを応援する?」
「もちろんコロコに決まってるさ! 何せおいらたちのパーティーリーダーだからな!」
「ははは、愚問だったな」
ヨコラが目を見開いて指差す。その先に少女の姿があった。
「出てきたぞ!」
コロコは左右の篭手を握り締め、胸の前で打ち合わせた。通りすがり、引き上げる途中のクローゴに呼び止められる。
「……お前の戦い、しかと観させてもらうぞ、コロコ」
「? ……いいけど」
クローゴは薄く笑うと正門へ歩いていった。
コロコは広場中央へ進み、仁王立ちするハルドと視線を合わせる。小柄なコロコにとって、長身の相手は山のように思えた。体格差がはなはだしい。
ハルドは木でできた仮面で両目と鼻の辺りを隠していた。露出した口元は厳しく引き締まっており、そこだけ見れば二十歳ぐらいに推定される。緑色の髪の毛は豊かに生えて、長身は紺のチュニックで覆われていた。先ほどのクローゴとの一戦で、あちこち血のりがこびりついている。
いっぽうコロコは黄土色の癖毛を髪の毛とし、額には赤いバンドを巻いていた。17歳とは思えない美貌で、やや薄めの胸とくびれた腰は、布地の少ない服で余計に際立っている。両目が金色なのは生まれついてのものだった。
ハルドはその目の輝きにくすりと笑う。しみじみ言った。
「まさか本当にお前と――コロコと再戦できるとは思っていなかった。前にエヌジーの街でレヤン町長の御前試合で戦ったが、あのときはお互い万全ではなかった……」
コロコは首を傾げる。まつ毛を叩き合わせた。