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0068『昇竜祭』武闘大会27(2184字)

 電光石火の攻防を繰り広げた両者は、同じ呼吸で後退した。固唾(かたず)()んで見守っていた観衆が、一斉に声を上げて地響きを立てる。


 クローゴはひとつため息をついた。瞑目(めいもく)して笑って首を振る。いかにも残念、とばかりに。


「お前が女であれば僕のハーレムに誘っていたところだ」


 まぶたを半ば持ち上げた。そして小刻みな足運びで、敏捷(びんしょう)にハルドへ接近する。ハルドはしっかりと腰を落とし、短槍を繰り出した。


 正確な突きである。(なみ)のものならみぞおちを貫かれて致命傷を負っていたところであろう。だがクローゴは並のものではなかった。


「はあっ!」


 この試合、初めてクローゴが気合い声を発する。両手の剣を交差して、垂直に振り下ろした。それは激しい金属音を響かせて、ハルドの槍の穂を押さえ込む。


「何っ!?」


 ハルドはこれに反発して、反射的に穂先を持ち上げようとしてしまう。これはいけなかった。クローゴはもたつくハルドの顎へ、伸び上がるように蹴りを叩き込んだのだ。『傭兵戦士』は口から出血し、よろけて後退した。


 クローゴの美技はまだ終わらない。片足で短槍の(つか)を押さえつつ、もう片足で着地した。と同時に両手の剣を逆手に持ち替えて、左右の斬撃を叩き込もうとする。


 これで終わりか。誰もがそう思った。


「なめるなっ!」


 ハルドは大喝すると、ありったけの力で今度こそ槍を持ち上げる。クローゴはこの馬鹿力に驚愕しながらも、柄を蹴って背後へ宙返りした。すぐさま追いかけてきた槍の穂先を、左の剣で打ち払う。また順手に戻した。


 熾烈(しれつ)な攻防になった。ハルドは()(せん)狙いで自らは仕掛けない。まだ蹴りで脳を揺らされたダメージが残っており、その回復を待つ意味もあった。


 クローゴは遠慮なく双剣を閃かせる。そのかいな力と握力はずば抜けて優れており、左右それぞれの長剣を操っているというのに、まるで勢いが(おとろ)えるということがなかった。


 左の剣を防御に、右の剣を攻撃に使用するという「真二刀流」で、短槍相手に丁々発止(ちょうちょうはっし)の戦いを見せる。ハルドの右肩が、左すねが、右腰が、剣の刃で浅く斬られた。クローゴが残忍な笑みを浮かべる。


「はははっ! 凄いぞお前! 僕にここまでついてこれる相手がこの世にいたなんて、思いもよらなかったぞ!」


 ハルドは体の各所で出血し、劣勢を()いられながらも、戦闘不可能になるような深手だけは避け続けた。汗と血潮を流しつつ、何とか反撃の機会をうかがう。


 それにしても、クローゴのこの強さは素晴らしかった。敵ながらハルドは感嘆してしまう。クローゴならばあの『怪物』カーシズさえも、問題としなかったのではないか。そうも思えるのだ。


 会場はふたりの激突にやんやの喝采だ。その中心で、両雄は徹底的に斬り結ぶ。


「ハルド。お前、何のためにこの大会に出てきた?」


「知れたこと。優勝するためだ」


 死闘のさなか、ふたりは語り合った。クローゴがハルドの手首を斬り落とそうと剣を振る。


「なぜ優勝したい? やはり金のためか?」


 ハルドは槍を引っ込めて、穂で受けた。


「違う。そんなもの欲しくはない」


「では名誉のためか?」


 ハルドは手首を返して石突でクローゴの顎を狙う。


「それも違う。ただひとつ言えるのは――」


 クローゴが左の剣でそれをはたいた。ハルドはそこに、余裕ではなく隙を見る。深く踏み込んだ。


「お前に勝てば俺の野望は成し遂げられる、ということだ!」


 短槍の末端を左ではなく右の脇へ引き込み、穂先で窮屈に斬りつける。クローゴの右目が深くえぐれた。


「ぐあぁっ!」


 美しい顔を苦痛に(ゆが)ませ、『疾風剣士』は素早くバックステップする。ハルドは追いかけず、再び左脇に短槍を構えた。


 会場が倒壊するかのような大歓声が爆発した。とうとうクローゴが深手を負ったのだ。クローゴ親衛隊の女性客たちは、一斉に悲鳴を上げる。


「きゃああっ、クローゴさまーっ!」


「何よあの仮面男! クローゴさまのお顔に傷をつけるなんて!」


「クローゴさま、負けないでーっ!」


 クローゴは右の顔面を(あけ)に染めた。切り裂かれた右目を硬くつぶり、手で血をぬぐう。


「おのれ……。今のは僕の油断だな。あっぱれだ、ハルド」


 クローゴは片目を失ったというのに、その自信はいささかも崩れていなかった。つちかってきた豊富な経験が、神経の図太さを裏打ちしているのだろう。


「これからはもう隙は見せない。一気にしとめてやる」


「望むところだ」


 ハルドは重心を体幹(たいかん)の位置に合わせ、どっしりと構えた。クローゴの左目には、一分の隙もない構えと映る。


 面白い。クローゴは右目から流れ落ちてきた血を舌で舐めた。(さび)のような味がする。


 ハルドがすり足で突進してきた。


「今度は俺が仕掛けてやる。クローゴ、覚悟!」


『傭兵戦士』は間合いに入ると、低い体勢から左足で踏み込み、短槍の穂先を突き出してくる。これは強い。剣で弾こうとしても失敗に終わるだろう。『疾風剣士』はそう算出すると、自らも腰を落として左斜め後ろへ後退した。


「逃すか!」


 ハルドは右足で斜め前に踏み込んで、穂先で弧を描く。クローゴは双剣を重ねて、この胴への()ぎ払いを受けた。ハルドの両脚が揃ったのを見逃さない。


「おおぉっ!」


 裂帛(れっぱく)の気合いとともに、クローゴはふわりと跳んだ。ここで使うのは、あの技しかない。


「奥義『竜巻斬り』!!」


 クローゴはハルドのふところへ飛び込みながら回転し、左右の剣を暴風のように閃かせた。誰もがハルドの敗北を幻視しただろう。

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