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0067『昇竜祭』武闘大会26(2304字)

 8分の1ぐらいの観客が怒って帰ってしまった。あとに残された人々は、カーシズに大して賭けていなかったばくち打ちや、色男『疾風剣士』クローゴ見たさの女性陣、皇帝陛下の前で退席などできないという小市民、残る3人のうち誰が優勝するのか肉眼で目撃したい普通の客、などだった。


 審判団が目立つごみを()いていく。ある程度観客のブーイングも収まってきたところで、町長は主審に試合を開始するよう()かした。


 主審は審判を集め、くじ箱に手を突っ込む。そして会場のすみずみまで届けとばかり、大声を放った。


「厳正なるくじ引きの結果、準決勝第1試合は『夢幻流武闘家』コロコ/篭手 対 『怪物』カーシズ/斧! ……しかし、カーシズ選手は急逝(きゅうせい)された。したがってこの試合、コロコ選手の不戦勝とする!」


 コロコが正門から現れた。周りの観客に手を振ってみせる。




「コロコっ!」


 ボンボがまぶたを限界まで広げた。今審判団のいる中央へ歩いていくのは、まぎれもない、コロコ本人だった。ヨコラ、ゴル、チャムは立ち上がって唖然としたまま、彫像のように固まっている。


「よかった……生きてた……」


 ヨコラのつぶやきをきっかけに、4人はへなへなと客席に腰を落とした。彼らが朝から捜してきたラグネとコロコは、どちらも無事だったのだ。その事実に安堵して泣き出したのはボンボだ。


「本当にもう……おいらのパーティーのメンバーは……世話の焼ける連中ばかり……」


 ゴルが深くため息をつく。そして人の悪そうな笑顔を作った。


「やれやれ、これでコロコは決勝進出か。まさかここまで上り詰めてくるとはな。素晴らしい!」


 チャムがボンボの涙を白布で()いてやる。


「これで安心して観られますね。楽しんで応援しましょう!」




 コロコは中央で四方に礼をした後、ゆっくり正門へ戻っていった。投げる気を失ったのか、もう投げるものがないのか、どちらにせよ観客から何かが放り込まれることはなくなっている。


「決勝のひとりはコロコ――あの色っぺえ姉ちゃんに決まったな」


「となると――おいおい、凄えぞ」


「あの仮面をつけた槍の使い手と、優勝候補のクローゴが戦うのか……!」


 コロコは正門を潜って控え室に入った。そこにいるのはふたりの男。彼らは自分の武器の整備に余念がない。


「どっちも頑張ってね。決勝戦で待ってるから」


 両者は軽くうなずくのみだった。


 主審が広場の中心で試合を叫ぶ。


「厳正なるくじ引きの結果、準決勝第2試合は『疾風剣士』クローゴ/二刀流 対 『傭兵戦士』ハルド/短槍!」


 熱狂が渦をなして闘技場を飲み込んだ。


 クローゴは漆黒の長髪を背中に垂らし、女のような神秘的な美形である。白いマントを颯爽(さっそう)とひるがえし、長短2本の剣を腰に()いていた。その柄を撫でながら、「今日も頼むぞ、お前ら」と声をかけた。


 いっぽうハルドは茶色い木製の仮面を装着しており、それは鼻と両目にかかっている。口元は露出しており、顎の肌つやからまだ若いことが看取された。緑色の髪の毛を豊かに生やしている。すらりとした体は紺のチュニックの下に収まっていた。


 正門を出るクローゴの後にハルドが続く。女性客から黄色い声が飛んだ。これはもちろん、前回大会優勝者で美男子のクローゴに向けられたものだ。しかし彼自身はそんなものどうでもいいとばかりに(すず)しげな歩みだった。


 闘場のど真ん中で主審が両者を東西にわける。クローゴ、ハルドともに十分な距離を取った。


「むっ……?」


 ハルドが仮面の奥でまばたきする。クローゴが左に短い剣、右に長い剣を抜き放ったのだ。これは『魔法剣士』ヨコラを倒した「真二刀流」の形だ。


「ほう、俺を手ごわい相手と見てくれたのかな」


「まあね。お前はヨコラ以上のつわものだと僕は認識しているよ」


「光栄だ」


 主審が手刀を振り下ろす。


「始め!」


 それを合図としたか、会場の熱気は両雄への声援となって放射された。ハルドは短槍を左脇に構え、クローゴは双剣を揺らめかす。じりじりと右回りに、ふたりは間合いを詰めていった。


「いくぞ、クローゴ」


「かかってくるんだ、ハルド」


『傭兵戦士』が円の動きから、唐突に直線の軌跡を描いて『疾風剣士』に突っ込んでいく。迅雷(じんらい)のような凄まじい突きが繰り出された。


 だが、クローゴはそれを左の長剣で軽くいなしつつ、ステップバックしてらくらく回避する。ハルドは決して踏み込みすぎないよう用心しながら、2撃、3撃と刺突を狙う。


「うん、いい動きだ。お前は素晴らしいよ、ハルド」


 大観衆の熱視線を浴びつつ、緑の髪と黒い髪とが優美に曲線を描く。やがて計10回もの攻撃をすべてかわしたクローゴは、急に後退したハルドに首を(かし)げた。


「どうした? もう終わりかい?」


 ハルドは唇を噛み締める。


「なぶるな。『疾風剣士』に本気で逃げられると、俺の腕では当てる術がない」


 彼の愚痴のような苦情に、クローゴは氷がぶつかり合うような声音で笑った。


「すまない。では真面目にやろうか」


 笑いおさめると、クローゴは剣を構え直す。そして、引き絞られた(つる)が解き放たれるように、爆発的な速度で突進した。


 ハルドは当然ながら踏み込んで、敵へと正確な突きを放つ。ふところに入られたら、終わり――とまでは言いすぎだが、相手の技量を考えれば窮地に(おちい)るのは確実だった。


 鋭い穂先(ほさき)がクローゴに迫る。それを、クローゴは右の剣で払い上げた。左の切っ先をハルドへと伸ばすが、これはハルドが左斜め後ろへ跳びのくことでかわすことに成功する。


「はあっ!」


 着地と同時に、ハルドは短槍を返して石突(いしづき)で剣を跳ね上げた。そしてクローゴの側胴へ()を振り回す。しかしクローゴの反応の速さは尋常ではなかった。すかさず半身になって、左の剣を盾として槍を受け止める。

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