0066『昇竜祭』武闘大会25(2268字)
というのも、どうやら事件が発生したのは真夜中で、それはゴックやルルンのときと同様だったそうだ。ただ、その死体は夜明け前までには回収され、いずこかへ持ち去られたみたいなのだ。
おいらは恐ろしい想像をしてしまった。
「まさか、コロコもラグネも、もう……!」
「そんなわけありません!」
真っ赤になって憤慨したのはチャムだった。怒りすぎて涙を浮かべている。
「ふたりとも私たちの大事な友達です! たとえ絶望的な状況であっても、彼女らを救うのに可能なことは果たすべきです! それが真の仲間です! 決定的な証拠もないのに、私たちが先に諦めてどうするんですか!」
おいらは頬を張られたような気分だった。そうだ、つまらない想像で失意に落ち込むなんて馬鹿げてる。思考停止している場合じゃない、今は動かなきゃ。
「そうだったな。すまん。……今度は全員で血痕の周辺を捜し回ろう。それでいいか?」
ヨコラが金髪をかき上げた。
「そうしよう。ではまた、ふたりひと組みで」
「おう!」
こうして日が落ちるまで、おいらたちは精力的に動く。そのなかで、準決勝のオッズが発表された。
『怪物』カーシズ……男、年齢不詳、大斧……1.5倍
『疾風戦士』クローゴ――男、24歳、二刀流、前回優勝者――4倍
『夢幻流武闘家』コロコ――女、17歳、篭手――10倍
『傭兵戦士』ハルド……男、年齢不詳、短槍……6倍
どうやらばくち打ちの間では、コロコは準決勝最弱とみなされているようだ。冗談じゃない。必ず、必ずコロコが優勝するんだ! 絶対に!
おいらは悔しくて悔しくて、号泣した。
やがてたいまつの火がほうぼうにかけられて、『昇竜祭』武闘大会の最終決戦――準決勝と決勝の開催が煽り出された。人々は闘場の入り口に押し寄せ、何と昨日の2倍の2万カネーを支払っていく。チケット代金は値上げされていたようだ――町長の銭ゲバによって。
それを見つめながら、ヨコラはゴル、チャム、ボンボを引き連れて列の最後尾につく。
「金ならあたしが持ってる。全員分払うから安心してくれ」
ボンボは不満だった。まだラグネもコロコも見つかっていなかったのだ。
「ふたりは現れるかな?」
「もうこれ以上捜しても発見できないだろう。後は彼女らが会場に姿を見せるのを期待するしかない」
「ゴルとヨコラは、本選出場者特別席で無料で観られるのに……。何でまた、おいらやチャムみたく、一般の観客として参加するんだ?」
ヨコラはボンボの肩を叩く。微苦笑した。
「4人で応援したほうが盛り上がるだろう? それだけさ」
やがて人の波は、ゆっくりと場内へ流れ込んでいく……
大会場は今日も3万人超満員札止めだ。何せ最終日の今日は、ロプシア帝国の皇帝・ヤッキュ陛下とレイユ皇后が照覧する。コルシーン国国王でもあるヤッキュのお目見えなど、そうそうある機会ではなかった。そのもの珍しさで詰めかけた人も数千はいただろう。
審判団が広場中央に進み出て、四方へ挨拶した。そのなかでサラム町長が朗々と発する。
「我らがコルシーン国、ロプシア王国、マリキン国、ザンゼイン大公領。これら4ヶ国を統べる偉大なるロプシア帝国第25代皇帝、ヤッキュ陛下のおなーりーっ!」
大きな銅鑼が3回、激しく叩かれた。着飾った美しい女たちに前後を挟まれて、とうとうヤッキュ皇帝が闘技場に現れる。
「あれが今の皇帝陛下か!」
「思ったより背が低いな……」
「ハゲタカのような顔つきだ」
場内はどよめきと喝采と歓声と追従と、いろいろなものが入り混じって騒然としていた。ヤッキュ皇帝が片手を挙げると、それらは歓迎の色に染め上げられていく。満場総立ちで拍手が湧き起こった。
「皇帝陛下、ばんざーい!」
「ロプシア帝国、ばんざーい!」
「コルシーン国、ばんざーい!」
ヤッキュ皇帝が満足そうに、53歳の顔をくしゃりとゆるめた。そのまま帝王の椅子に着席する。続いてレイユ皇后もその斜め後ろの席に座った。先導した女たちは去り、代わりに武装した近衛兵たちがふたりの脇を固める。
それを遠くの席から拍手で追っていたボンボたちは、一斉に驚いた。何と皇帝の背後に、白無垢のチュニックを着たラグネを発見したからだ。
「ラグネ! 何で皇帝陛下のそばに!?」
ヨコラが自分の目をこすり、もう一度見て仰天した。
「どういうことだ! ラグネのやつ、いったい何があったんだ!? ゴル、貴様わかるか?」
「我に分かることはひとつ。取りあえず、彼は無事だったということだけだ」
チャムがうんうんうなずく。
「そうですね、それが一番です!」
サラム町長が皇帝の臨席を紹介し終えた後、急に痛ましげな表情を作った。
「悲しいお知らせがあります――」
観客たちのざわつきを、咳払いすることで抑える。
「準決勝に勝ち進んでいた『怪物』カーシズ選手ですが、残念ながら昨夜未明に亡くなりました。彼のご冥福をお祈りいたします」
一瞬場内は静寂に包まれたが、今度は水が急速に沸騰したように怒声が上がった。
「ふざけるなーっ!」
「馬鹿野郎! 俺はカーシズに全財産ぶっ込んだんだぞぉっ!」
「何で今発表なんだよクソ野郎がっ! かけ金返せーっ!」
闘場が倒壊するかのような大・大罵声が世界を揺るがす。サラム町長に果物の皮や鳥の骨などが投げられ、辺りは騒然となった。
「かけ金は胴元に問い合わせてください! そしてこれから準決勝が行なわれますこの広場に、どうか、どうかものを投げないでください!」
オッズで一番人気のカーシズが死んでしまったという絶望。それは誰よりサラム町長にとって切実なものだった。利益に繋がる人気商品が、突如入荷できなくなった商店にも似ている。