0065『昇竜祭』武闘大会24(2407字)
ラアラの街の『昇竜祭』武闘大会もいよいよ大詰め、明日が準決勝と決勝だ。『傭兵戦士』仮面のハルド、『疾風剣士』クローゴ、『夢幻流武闘家』コロコ、『怪物』カーシズの4人が、どういう組み合わせか知らないが、激突することになる。それもロプシア皇帝ヤッキュ陛下の目の前で、だ。
優勝賞金5000万カネーを得るものも、そのとき決定する。
ハルドは自分の宿舎に引き上げた。やはり明日コロコと戦うかもしれないということで、賭けている人々に余計な疑念を抱かれたくなかったのだろう。
それ以外の6名――コロコ、ボンボ、チャム、ラグネ、ヨコラ、ゴル――は、ヨコラの宿舎で晩飯を食べた。豚の丸焼きとアスパラガスとタンポポのサラダをメインに、白パンとスープ、卵、チーズ、ぶどう酒といった内容だ。
ラグネは酒が好きである。今宵も飲もうと、皮袋に手を伸ばしたときだった。
「ラグネ、きみは今夜お酒なし!」
コロコが酒袋を取り上げる。ええっ、何で!? コロコは会食で盛り上がるほか4人には聞こえないだろう小声でささやいた。
「今夜は殺人犯を捕まえにいくよ。私たちふたりでね」
え……っ?
ゴルの宿舎でゴルとボンボが寝静まったところで、ラグネは窓の戸板を開けた。外へ飛び下りようとする。だが失敗し、派手に転がり落ちた。ほこりにむせながら、起こしちゃったかと不安になって窓を見上げる。しかしふたりのいびき以外、特に物音はしない。
ラグネはそのままこそこそと、ヨコラの宿舎へ向かった。そのそばでひとつの明かりが左右に振れる。コロコさんだ。こちらへ早歩きで近づいてきた。
「気づかれずに済んだ?」
「はい。コロコさんも大丈夫だったみたいですね」
「そりゃ、身のこなしには自信があるからね。……じゃ、行こうか」
辺りは真っ暗だ。ゴックにルルンと殺害事件が連発したことで、サラム町長が出店や屋台の営業時間を、終課の鐘までと決めたからだった。つまりは『昇竜祭』武闘大会の2回戦終了後やや少しまでである。明日も同様の措置がとられるとあって、営業者はみな文句を言ったらしかった。稼ぎどきだから当然だろう。
しかしふたを開けてみれば、みんな自分の命を守りたいらしい。開店しているところは皆無だった。
コロコはランタンを掲げてゆっくりと路地裏を歩いていく。それにラグネが付き添う、という格好だった。ラグネは周囲の闇の深さに心細くて仕方ない。早くも半泣きだった。
「コロコさん、何で僕を用心棒に決めたんですか? というか、何でみんなで犯人捜しを行なわなかったんですか? そっちのほうが絶対確実だったのに……」
「あのね、みんなで出歩いてたら犯人も警戒して姿を現さないでしょ。それにヨコラとゴルとハルドさんは得物が刃物だから、下手に深夜にうろつくと犯人と間違われて警備兵に捕まる場合がある。チャムは戦いには向いてないし、ボンボの召喚術は時間がかかる……」
肩越しに振り返りながら、コロコは微笑んだ。
「その点きみなら、武器のマジック・ミサイル・ランチャーは強力無比だし、基本手ぶらで歩けるもの。これ以上用心棒に適格な仲間はいないわ」
それなら僕ひとりで犯人を捜し出したほうが、コロコさんは危険な目に遭わなくて済むんじゃ……。そう訴えると、
「馬鹿ね。相手は強い人間の脳みそを手に入れたがってるのよ。ゴック、ルルン。ふたりが武闘大会本選出場者なのは、たぶん偶然じゃないと思う。誰も知らないラグネよりも、本選準決勝進出者の私が歩いたほうが、餌としては上等なはずよ」
コロコは再び前を向いて歩き出した。
「それに私の眠気は、僧侶のラグネの回復魔法で飛ばしてもらわないと。いざというときのためにね」
「僕の眠気はどうなるんですか?」
「それは……我慢して、ね?」
ラグネはため息をついた。勝手だなぁ、と思ったからだ。
と、そのときだった。
暗闇の路地裏に、何者かの明かりがにじんだのだ。
ラグネの心臓がどくどくと激しく鼓動する。ともし火はこちらのほうへ近づいてきた。コロコがラグネにランタンを渡して、両の篭手をかち合わせる。
「用心棒、頼むね。ラグネ」
彼女の声も緊張で震えていた。光はますます大きくなる。
やがて、相手が姿を現した。
「ブラボー……」
どうしたんだろう。いったい何がふたりの身に起こったんだろう。
ボンボは今朝目覚めたとき、ゴルの宿舎内にラグネの姿がないことに狼狽した。おかしい、確かにおいらたちと一緒にいたはずなのに。ゴルとともにヨコラのもとへ報告に向かう。すると、ヨコラのほうでもコロコがいなくなっているとのことだった。
コロコには、今夜『昇竜祭』武闘大会準決勝があるのに。ラグネには、おいらとチャムと一緒に、コロコを応援する役割があるのに。どうして何も告げず、おいらたちの前からいなくなっちまったんだろう?
まさか駆け落ち? んなわけねえか。
ヨコラさんがリーダーシップを発揮した。
「手分けしてふたりを捜そう。あたしとチャムは市場の向こう側を捜すから、ゴルとボンボは宿舎周辺を重点的に当たってくれ」
「分かりました!」
「分かった」
「よし!」
かくしてラアラの街での大捜索が開始される。おいらはゴルとともに、ラグネとコロコの名前を叫んで走り回った。最悪の場合も考えて、理髪店や施療院も回る。だがふたりの姿はなかった。
昼ごろになって、いったん宿舎前に集まる。その際、ヨコラが悲痛な情報をもたらした。
「市場の向こうで、裏路地に大量の血痕が発見されたらしい」
おいらもゴルも、血の気の引いた顔を見合わせる。あの殺人鬼の仕業だ。そうに間違いない。
「それで、殺されたのは誰なんです?」
「それが分からないんだ」
話ではこうだった。ヨコラとチャムが現場に到着したときには、壁や地面に絵の具で塗りたくったような血糊がへばりついていた。だがそれだけである。野次馬をつかまえて聞いても、殺したものが捕まったという話はないし、誰が殺害されたのかも杳として分からないのだった。