0064『昇竜祭』武闘大会23(2301字)
コロコとシトカは正門を潜り、選手控え室に入った。拍手で迎えられる。
「よかったな、コロコ。次は俺と当たるかもな」
仮面のハルドがコロコとハイタッチした。コロコは会心の笑みを閃かせる。
「楽しみにしてるよ」
シトカは奇妙な視線に気がついた。『怪物』カーシズが、彼を睨めつけていたのだ。シトカはむっとした。
「ブラボーじゃないね、それは。僕に何か用かい?」
「さあな。……さて、次は俺さまの出番だな」
2回戦をまだ戦っていないのは、カーシズと『最強のモンク』タントのふたりだけだ。
「厳正なるくじ引きの結果、2回戦第4試合は『怪物』カーシズ/斧 対 『最強のモンク』タント/拳!」
ともに禿げ頭のふたりが正門を出て行く。本日最後の試合だ。
カーシズは全身はち切れんばかりの筋肉で、身長は全選手中最高だった。服装といえば穿いている腰みのだけだ。三白眼で、血管が異常に浮いている。大斧を肩にかついでのしのしと歩いていった。
いっぽうタントは上下ともボロを重ね着している。眉毛の太さに強い意志が感じられた。額に赤い鉢巻きを巻いている。1回戦では、鉢巻きでおのれを目隠しして試合を制した。
「さて、拙僧の試合です。頑張るです」
オッズはカーシズ2倍、タント10倍。優勝候補の大本命と見られる『怪物』に対し、『最強のモンク』は1回戦同様最弱との厳しい評価だ。下馬評をくつがえせるか、人々の注目が集まった。
「カーシズ、そんな奴さっさと半殺しにしちまえ!」
「タントーっ、俺は残金すべててめえに賭けたんだからなっ! 絶対勝てっ!」
「どう考えても無理だろ、タントごときじゃ……」
さまざまな声が飛び交うなか、両者が中央でわけられる。垂直に軽く跳ねてウォーミングアップするタントに対し、カーシズは深く腰を沈めて臨戦態勢に入った。
主審が手刀を振り上げ――
「始め!」
振り下ろす。ついに2回戦最後の試合が始まった。会場中の視線が闘場中心へと注がれる。
だが――
「ぐぎゃああっ!」
勝負は一瞬で終わった。深く踏み込んだカーシズの大斧が、タントの前足を両断したのだ。血しぶきを撒き散らし、右足が宙をぶっ飛ぶ。タントは激痛に悲鳴を上げて、地べたをのた打ち回った。
またも圧倒的勝利。それも今回は、観客だけでなく、正門向こうの控え室から見ていた選手たち全員さえ驚かせた。あの優勝候補の『疾風剣士』クローゴですら、その顔を蒼白にしている。
それもこれもカーシズの俊敏さだ。1回戦でも十分速かったのに、今回はそれすら軽く凌駕していた。まるで別人に生まれ変わったかのようだ。
「くくく、いい声で鳴くじゃねえか。そのもう一本の足もいらねえだろ?」
『怪物』は大斧を軽々振り回すと、一気にタントの左足を切断する。被害者の絶叫が立ち上った。主審が慌ててタントの胴にしがみつく。
「そっ、そこまで! 2回戦第4試合、勝者、カーシズ!」
カーシズの異常なまでの強さに、会場中が声を呑んだ。タントの狂ったような泣き声が、静寂の会場に響き渡る。審判団がタントを回復魔法で治癒し、彼は新たな両足を生やした。声が止まる。
そこまできて、ようやく観衆は爆発的に盛り上がった。この日一番といっていい大歓声である。天地がひっくり返ったような騒ぎだった。
「すげえぞカーシズ!」
「タントを問題にしなかったぞ!」
「何て速さだ! 何て強さだ!」
誰もが『怪物』の圧倒的優勝を頭に思い描いただろう。さっさと引き上げるカーシズと、みじめに打ちひしがれるタントは、まさに勝ち負けの両極にあった。控え室で観戦していた人々のまばらな拍手など意に介さず、カーシズは出口へ向かう。
コロコは今回も、彼の戦いに不快感を抱いた。最初にタントの右足を斬り下ろした時点で勝負はついている。主審が呆然として止めていなかったとはいえ、左足も両断するなど余計だった。あそこは待つべきだったはずだ。
「つ、強い……!」
スタンディングオベーションする観客たちのなか、僧侶ラグネは『怪物』カーシズの強さに舌を巻いていた。いくらなんでも圧倒的すぎる。これじゃパーティー仲間のコロコさんや、仮面のハルドさん、前回優勝者のクローゴさんも、あっという間に倒されるんじゃ……
「怖い……」
賢者チャムは涙ぐんでいる。さっきから広場へ目を向けられない彼女だった。その隣で、魔物使いボンボは腕組みしている。難しい顔でうなっていた。
「コロコに優勝してほしいけど、これはさすがに……」
熱気むんむんだった観衆も、一歩会場の外に出ると、うそ寒い気分にとらわれる。おとといは『喧嘩無敗』ゴック、昨日は『究極武闘家』ルルン。実力あるはずの本選出場者2人が、何者かの手で一刀のもとに真っ二つにされているのだ。どちらも場所は違うとはいえ、同じ路地裏での惨劇だった。犯人はいまだ捕まっていない。
「なあ、早く帰ろうぜ」
「ああ、俺らも斬られて脳みそ取られたくねえからな」
「路地裏にさえ近づかなければいいんだ。そう、大通りを歩いていけば……」
人々はそんな風に恐怖を分かち合いながら、帰り道を急いだ。もちろんラグネとチャム、ボンボの3人もだ。身を寄せ合うようにして、選手宿舎へたどり着く。そこへ物音が近づいてきたときは、3人そろって心臓が喉から飛び出そうになった。
おそるおそる振り返ると、何のことはない。馬車が数台近づいてきただけだ。すぐ近くで停車すると、なかからコロコ、ハルド、ヨコラ、ゴルが降りてくる。
いつもはコロコたちが待っている側だったが、今回は逆だった。もっとも少しの時間差だが。コロコが万歳するように伸びをしながら歩いてくる。
「今日は大通りが混んでて、馬車が渋滞に巻き込まれちゃった。早速晩御飯にしようよ」